第3話 受け入れる者でしか、始められないことがある
オレは万愚節と買った服を着て、あまり本気っぽく見えないように少しだけワックスをつけた。
「——なんか今日は気合い入ってるな。彼女でもできたのか?」
洗面所で髪型を整えていると、直人は鏡越しに不愉快そうな顔をでこっちを見ていた。
「友達だよ。まぁ女性だけどな」
「セフレか……このヤリチンめ!」
「ただの友人だからな。外で遭遇しても絶対そういうこと言うなよ」
「ふーん」
直人はジトーとした目を向けて唸った。
なんだこいつ。変なこと企んでないよな。
「……狙ってるの?」
「そういうのじゃない。ただ、一緒にいて楽しいから遊びに行くんだよ」
「そう……。一応忠告しておくけど、俺はお前の夢以外のことは手伝わないからな」
「だから、そのつもりはないって言ってるだろ」
居候の身分で誰かと付き合うことなど考えられない。相手だって無職の男にそこまでのことを求めてはいないはずだ。
「早く帰ってこいよ。俺が居ない間に連れ込んだりしたらぶっ殺すからなー」
「怖ぇよ」
「あとそうだ。夜飯は食べてくるのか?」
「一様予約はしてる」
「へー、ワンナイトか」
直人は再びジトーとした視線を向ける。
今日はやけに突っかかってくる直人を面倒に感じつつ、オレは逃げ出すように家を飛び出した。
天気予報では一日中快晴で、今日は絶好のデート日和だ。
「——はぁ……」
オレは空に浮かぶ線雲を見ながら小さく溜息をついた。
遊んでばかりいて直人には申し訳ないと思っているが、折角の舞い上がっていた気分が台無しだ。
万愚節と初めて出会ったデパ地下の駅前に予定より三十分も早く着いてしまったオレは暇つぶしにスマホを開いてゲームを始める。
指をふんだんに使いパズルを解いてコンボを決める。ボス戦に突入したときに誰かの足音が手前で止まった気がして顔を上げると、間近で万愚節と目が合い、彼女はきょとんとした顔で一歩引いた。
白のパネルキャップで顔が半分隠れ、フリル袖のティーシャツブラウスとデニムのフレアスカートが少し大人びて見えてドキリとする。
「ごめん、待たせちゃった?」
「大人っぽい……あ、いや、むしろ全然。オレが早く来過ぎたくらいだ」
「みたいだね。野良が早くいると思って三十分早くここに来たの」
「先読みしてたのか」
「私の優しさ、感謝してくれてもいいんだよ」
「ありがたやー」
祈るように手の平を擦り合わせて感謝を示すと、万愚節はそれに笑顔で応じる。
「「ふっ」」
見惚れた恥ずかしさを隠すために繰り出した勢いだけの行動が、珍妙にして滑稽で顔を合わせると互いに吹き出してしまった。
「じゃあ、行こうか」
このまま立ち話でも悪くないが、オレは会話が途切れるのが怖くてそっと改札に向かって歩き始める。
「……ねぇ、まだ服の感想聞いてないんだけど?」
半歩先を歩くオレに、万愚節は腕を絡めて静止させてきた。
横髪を耳に掛け、ちらりと顔を覗き込む。
その瞬間、小さなイヤリングがキラリと光った。
普段よりも装飾品というか、見たい目に拘っているのが見て取れた。
「凄く大人っぽくて、綺麗だよ」
さっきも言った気がしたが素直に答えると、万愚節は白い歯を見せてニッと笑った。
「うん、行こう!」
少し顔を赤めた彼女は先を歩き出し改札を通り抜けて振り返る。
オレも少し早歩きで後を追いかけると、ICが上手く反応しなかったのか思いっきりフラップドアに押し返された。
万愚節がなんとも言えない表情でこちらを見ている。
小っ恥ずかしさからか、心臓がドクンドクンと小さく脈打つのがわかる。
この先が心配になるくらいミスを連発している。
恋愛感情など持っていないと思っていたのに、予想していたよりもデートぽくて見誤った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます