第2話 受け入れる者でしか、始められないことがある

 翌朝、見慣れた天井で目を覚ました。


 温泉川の号令で武装した一団が突入したあと、オレは眠ったまま家まで運び込まれたらしい。


 連れていかれる村田は最後にオレを見て「やっぱり、お前を受け入れられない」と呟いていた。


 彼が僕に放った思いは、最初から真っ赤な嘘だった。


 寝起きのぼんやりとした頭の中で、昨日の出来事をなんとなく受け入れている。


 親父は異常なほど人に好かれていて、オレは人間に疎まれた存在だった。


 それが今の世界になった。


「——起きたか」


 ソファーでぼんやりとしていたオレを見て、直人が台所から歩いてくる。相変わらず、彼の顔と性格には似合わないアニメキャラのシャツを着ていた。


 そのチグハグな姿を見て、意気消沈していた気分が軽くなる。


「聞いたぞ。なんか道端で倒れていたらしいな」


「え、あぁうん」


 どうやら直人は本当のことを知らないらしい。


 ホッとしたような、少し残念なような。自分でもよくわからない吐息が漏れる。


「大丈夫か?」


「お腹と背中がくっ付きそうだ」


「飯作るけど、食うか?」


「もらう」


 直人は冷蔵庫から卵とベーコンを取り出し、フライパンに油を引いた。


「にしても、お前、昨日はなにしに行ったんだ?」


「図書館で調べものするつもりだったんだけど、その途中で倒れたんだと思う」


「ふーん。熱中症かな? 車で図書館まで送ろうか?」


「じゃあお願いするよ」


 オレはなんとなくテレビをつける。


 点いたチャンネルには今月の死亡者と失踪者に関するニュースが流れていた。


 毎月、十数人以上が外で行方不明になっているらしいが、今月は死者が一人も見つかっておらず、行方不明者が一人減ったそうだ。


 たぶん直人のことだろう。


 しばらくして、ベーコンエッグの乗ったトーストとコーンスープをテーブルの上に置かれると、二人で同じソファーに座り、呆然とテレビを眺めながら無言で食事を摂った。


 皿が空になると、直人が口を開く。


「明日、父親に挨拶しに行くんだけど、お前はどうする? 一緒に来るか?」


「まだ行ってなかったのかよ」


「報告書のまとめに時間が掛かってな」


 そういや親父の調査書にはなんと書いてあったのだろう。手紙には嘘を混ぜたと書いてあった。


 直人は誤った報告をして平気なのか。


 でも、本当のことを話してしまっていいとも思えない。


「いいや。なに話せばいいのか分からないし、変に気を使わせそうだ」


 そう断ると、直人は若干残念そうな顔をした。


「分かった。いつに図書館に向かうつもりだ?」


「そっちのタイミングに合わせるよ」


「了解」


 直人は二人分の食器を片付けにキッチンへ戻っていった。


 オレはソファーに深く沈み込んだまま、自分がヒモであることを実感する。


 なんとなくスマートホンで『調査員、稼ぎ方』と検索すると、「一日で百万!」「これをするだけで生き残れます!」という胡散臭いものばかりが出てきた。


 シャワーを浴びて出かける準備をする。


 足場屋の頃の服を着て、鏡の前で髪を整えていると、これからだって気のする姿が映っていた。






「——じゃあ今度は倒れるなよ」


「分かってる。ありがと」


 直人はオレが車から降りるのに合わせて麦茶のペットボトルを投げ渡した。


 深川図書館。歴史と現代的なデザインが調和した雰囲気を持ち、入口周辺の整えられた植栽とシンプルながら品格のある設計で訪れる人々に温かみを感じさせている。


 内装は落ち着きと温かみが感じられるデザインで、開放感ある吹き抜けや広々とした階段が目を引き、自然光が差し込む大きな窓が明るい雰囲気とレトロな空間を演出していた。


 受付の人に尋ねると、歴史に関する本は二階にあるそうだ。


 目的地に足を踏み入れると、ぱっと見てそれなりの数の人が本棚の前に立っている。


 奥に進むほど本の分厚さが増していくようで、手前の方にはお子様向けの絵本などカラフルなものが並んでいた。


 オレは『歴史』というキーワードを探しながら歩き回り、表紙に子供向けのキャラクターが描かれた『都市誕生の秘密』という本を見つける。


 手に取ってパラパラとページをめくると、都市がどのように誕生したのか、その経緯や理由が四コマ漫画で書かれていた。


 お目当ての情報を手に入れたオレは上機嫌で座れる場所を探して三階の自習室に入る。


 しかしそこは、筆記用具がカサカサと擦れる音が鳴り止まず、静かである筈なのに不思議とその熱量に圧倒される魔窟だった。


 漫画を持って入るのは場違いな気がしてならない。


 そう思って部屋から出ようとすると、視界の端に見覚えのある後ろ姿が映る。


 オレが誰だっけと観察していると、その人物が振り返り一瞬目が合ってしまった。


 咄嗟にそっぽを向いたオレは、そそくさと誰もいない場所を探して部屋を後にした。


 カンタールームを抜けて外のテラスにたどり着く。


 日差しは強いが風通しは良く、パラソルの下にはいくつもの空席があった。


 他の利用者たちは風通しよりも冷房の効いた室内を好んでいた。


 オレは適当な席で本を開く。


 書かれていたのは、二十九年前のことからだ。


 ——かつて人類はこの星ではなく別の惑星で誕生し、ゲートを通じてこの星に移住した。


 前の星は『太陽系第三惑星・地球』と呼ばれ、この星は北欧神話という宗教に由来した『ムスペル』、恒星は『スルト』と名付けられた。


 地球から持ち込んだ知識を駆使して、この地の生態系を破壊し、人のために次々と開拓されていった。


 しかし、突然の爆発事件によって地球とこの星を繋ぐ手段であるゲートが消失した。


 発展は低迷し、文明は途切れ、取り残された人々は絶望に暮れていた。


 そんな中、立ち上がったのが転送装置ゲートの創設者の一人である榮直輝さかえなおきだった。


 彼は危機的状況の中で迅速に対応し、この都市だけで生き延びられるシステムに変えていった。


 榮直輝はこの星で暮らす人間のすべての英雄であり、なくてはならない人類の希望となった。

 

 最後の一文を読んでパタリと本を閉じる。


 本の内容がイメージしていたものと違っていた。


 直人の父親は十歳の子供を都市の外に出してもなんとも思わないような極悪非道クズだと思っていた。


 榮直輝をベタ褒めするこの本を信じられなくて続きを読む気力が薄れてしまった。


 身内には厳しくて、外には優しい人間タイプなのだろうか……。


「——やっぱりお前、直人と一緒にいた奴だな」


 別の本を探そうと席を立つと、背後から怒りを含んだ声を掛けられた。


 そこにはスーツのズボンに黒のTシャツをインした珍妙な男が鋭い瞳でこちらを見ていた。


 直人の兄、榮壱真。


 ファションセンスは直人と同様でオレ以上に酷く、背丈はずっと大人びていて声も低いが淡々とした口調がやっぱり似ていた。


「……なんの用ですか、壱真さん」


「お前こそ、先程こっちを見ていただろう。なんの用だ?」


 顔を逸らしたことが裏目に出たようで、壱真は高圧的ない態度でオレの対面に座り込む。


「すみません。知り合いかと思って見ていただけで特に他意はなかったんです」


「視線が合ったのに無視したのか?」


「なんか咄嗟的に……」


「まぁいい。それよりどうしてお前は弟と一緒にいるんだ?」


「兄弟なんですし、直人に聞いて下さいよ」


「弟に言っても仕方がないからな」


「意味が分からないんですが?」


「弟に近づくな。と忠告しているんだ」


 壱真はそう言ってこちらを睨みつけてきた。


 なんだこいつ。そんなのオレの勝手だし。そもそもお前直人の顔を忘れてたじゃないか。


「あんな冷たくした癖に兄貴ずらしたいんですか?」


「そんなんじゃない。榮家に関わるなというただの忠告だ」


「それはオレたちが決めることです。直人をほったらかしにした奴らの忠告なんて聞く価値がない」


「後悔しても遅いからな」


 オレと壱真は互いに睨み合った。


「それで結局、お前と直人はどういう関係なんだ?」


「……そっちが質問に答えたら教えてあげますよ」


「いいだろう」


「貴方は直人のことをどう思っているんですか?」


「家族。それ以上でも以下でもない」


「オレにはそんな風に見えませんでした」


「君がどう思おうが事実は変わらない。家を出たのはアイツの意思だし。血の繋がりだけが家族の証だ。寧ろ血縁のない相手を家族と呼ぶのはただの自己満足だろう」


「その言葉をそっくりそのまま返しますよ。直人とオレは家族みたいなものです。血縁であるからと満足しているのはそちらでしょう。家族足り得てないからそんな言い訳をする」


「私は他者との関係に付加価値かだいひょうかを付ける人間が大っ嫌いだ」


「こっちのセリフですよ」


 知り合って間もない相手に大っ嫌いと言われるとは思ってみなかった。


 互いに沈黙すると、壱真は大きな溜息を吐く。


「すまん、感情的になった。最初は本当にお前と直人の関係を知りたかっただけなんだ」


 壱真の真剣な視線に、オレは一度溜飲を抑えて話すことにした。


「——じゃあ、アイツとの出会いから話しますよ」


 …………。


 ……。


「……本気か?」


 壱真は拍子抜けしたよな顔をしていた。


「オレはお前らよりも付き合いが長い。家族といっても差し支えはないんだが、過大評価で実際に家族だと思ったことはないし、ただの親友だと思ったこともない。割りかし複雑な感情をあいつに抱いているんだ」


「そっか……成程な……」


 壱真はしばらく考え込むような顔をしたあと、青空を見上げてそう呟いた。


「悪かったな。ずっと、お前が直人の調査結果を奪うために近づいてきた寄生虫だと思ってたんだ」


 なら、ちゃんと謝れよ。絶対悪いと思ってないだろ……。


「でも、少し羨ましいかもな」


 不愉快さを感じながらも、仕草や言動が直人に似ていて複雑な気分にさせられる。


「直人はアンタよりもずっと性格がいいですよ。雰囲気以外はそんなに似てない」


「まぁ性格は育てられ方次第で変わるからな。根本は変わらないだろうけど」


「そうですか。じゃあ、オレは本を探したいので、これで」


 そのまま逃げようとすると腕をガッチリと掴まれた。


 振り離そうとするも細身の割に意外と力が強かった。


「なんの本を探してるんだ?」


「貴方に関係ないでしょう?」

 

 オレはもう話しかけるなと言わんばかりに睨みつけた。


「この図書館に詳しいんだ。欲しい本の場所くらいすぐに教えられるよ。僕の権限で本の貸し出しも許可できる」


 図書館なのに普段は貸し出しができないのかと驚くも、直人に「使えるものはなんぼでも使え」とよく言っていたのを思い出した。


「囚われの街の歴史と生物図鑑。できるだけ子供にも分かるやつがいい……」


「わかった。持ってくるから待ってな」


 壱真が去っていくのを見送りながら、いずれ直人もあんな姿になるのかと憂鬱な気分になった。


 鬱憤を紛らわすために、オレは万愚節に明日遊ばないかとメールを送る。


『デートですね!』


 と、すぐに返事が返ってきた。


 場所は移都市博物水族館。


 学びと楽しみが詰まった場所で明日の気分はきっと晴れるだろう。と期待を膨らまして、壱真が戻ってくるのを律儀に待ってやった。

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