第6話 僅かな好奇心が若者を大人にさせられる

「……来たみたいだ。乗りながら話そう」


 直人はオレの腕を掴み、抱き寄せるようにして三メートルほど下で停止した外付けのエレベーターに飛び乗る。


「おい、何だよ」


 驚くオレを無視して、更にそのまま壁際に身体を抑え付けた。


 え、これからナニをされてしまうんだ? 


 と困惑するも、直人はそんな気持ちを弄ぶように壁面についたパネルを操作し、エレベーターを起動させる。


 よく見ると、オレが背をぶつけた場所には開閉しそうな裂目があった。


精密機器チップを埋め込まれた人間は要塞から一キロ以上離れるか、無理やりチップを外そうとした場合に、内蔵されたエネルギーが放出されて首の脊髄を貫かれる。そして、チップを埋め込まれていない人間は敵として扱われ、この要塞から常に狙われ続けるんだ」


 ひとまず文句を言ってやりたい体制であるが、事情があるはずなのでオレは黙って話に耳を傾けておいた。


 直人はボタンを押した指先を右へ動かし、こちらに銃口を向けている機関銃を指した。


「銃弾が発射されるのは住民に危害が及ぶときか、一度要塞に入った者がこうして外に出た場合。つまり、あれは今お前を撃ち殺すつもりで狙っている」


「撃たれない理由は直人が側にいるからってこと?」


「そうだ」


 先ほどから直人の抱きしめる力が強くなっていた。心臓が大きな音を立てて脈打っている。これは色々な意味で恥ずかしい。


「これも護衛の人を使って調べたのか?」


「最後の一人はこの街を脱出するのに成功した。その後、どうなったかは知らないけどな」


 オレはふと改めて思う。


「なんで、親父はこの事を話してくれなかったんだ」


 言いにくいことだと思うが、他の皆んなは当然ながら知っていたことだ。


 それに……。


 直人はどうして夜鶴から逃げるように脱出を始めた……オレが引き留められると思ったからか?


「ずっと外に出たがっていた奴に今更話せなかったんじゃないか? そもそも親父さんは過保護親バカすぎるんだよ」


 直人は抱きついたまま、顔を見ることなく答えた。


 オレは腕にありったけの力を込めて頬を叩く。


 顎の骨までもが激しい痛みに襲われ、しゃがみたくなるほどだ。


「……お前、何してんだ」


 直人は若干引いた顔でこちらを見た。


「ちょっと、気持ちの整理メリハリを付けようと思ってね」


「そうか……まぁ、やる気が出たならなによりだ」


 …………。


 ……。


 十分ほど掛けて、エレベーターは地上に辿り着いた。


 周囲には様々な残骸が山のように散らばっており、恐らく、住人が捨てた物が蓄積されたものだ。


 電子機器や机などの大きな家内製品なんかも捨てられてまだ使えそうなものまである。


「おぉー」


 オレは直人に引っ張られ、初めて地上の地面を踏みしめた。


 要塞の土とは違い、黄土色の土は乾燥していて足がいつもより深く沈み込む。


「警戒は怠るなよ。運が悪けりゃ、流れ弾を喰らって俺もお前もお陀仏だ」


 直人は再びオレを壁側に引き寄せて、リュックから赤く点滅した端末を落とす。


「……なんだそれ?」


「発信機。これを使って壁からの俺達の位置を測るんだ」


 なるほど。それで要塞からの距離を測るのか。


「ここから先は俺がリュックを背負うから、お前は俺を背負え」


「なにそれ、結局両方ともオレが背負ってるじゃん。もしかして緊張を和ませようとしてる?」


「バカだろお前。今みたいに抱きつきながらだと移動しずらいだろうが。それに体をリュックで隠せば狙いにくくなる」


「確かに良いかもしれないけど。俺への負担が半端なくね」


「こんなときでしか役に立たないんだから頑張れよ。嫌なら見捨てるけど?」


「分かったよ……」


 拒否権は最初からなかったので、オレは渋々請け負った。


 成人男性一人を背負うのは、精神的にも肉体的にもキツイ。


「股間が腰に当たって気持ち悪いんだが……」


「我慢しろ。俺も最悪の気分だ」


「もう少し身体を浮かせよ」


「リュックが重過ぎて無理。お前よくこれ背負えたな」


「辛くさせたお前が言うな!」


 ………………一…………七十……八百八十九……八百九十……八百九十一……。


「八百九十八メートル。ここだな」


「一キロないじゃん」


「四捨五入すれば一キロだろ」


「んで、こっからどうするんだ?」


「なんのためにスコップ持ってきたと思う?」


「撃たれないように穴を掘るのか。すげぇ面倒臭い」


「最低でも二メートルは欲しいかな」


 直人はそう言いながら取り出したスコップをオレに手渡した。


「やっぱり、お前は手伝わないんだな」


「当然だ。俺はお前が撃たれないよう盾になることしかできない」


 直人はハンカチで目元を拭うふりをする。


 若干の苛立ちを覚えながらも、言われるがまま地面にスコップを挿し込んだ。


 自由に体制を変えられないのは辛いが、持久力なら父にさえ負けたことがない。今更だが、直人はオレ無しでどうやって脱出するつもりだったんだ。


 黙々と作業を進め、太陽が真上に上がる時刻。


 深さ三メートル幅一メートルほどの大穴が完成した。


「意外と早いじゃないか」


 直人は飛び降りてくると上から目線に言った。


「次はどうすればいいんだ?」


「後ろに壁を作りながら前に掘り進めろ。一定の距離を離れれば、お前はこの要塞から完全に存在が消える」


「生まれも育ちもここだぞ。そんなことあるのか?」


「住民権を与えられてない奴は要塞に標的としてしか認識されていない。監視カメラで確認されない距離まで離れるとリセットされ、再び認識されたときは外部から侵入してきた人間として扱われる」


 なんか、悲しいな。


 生まれたときから住んでいたのに、その土地には一度も認識されていなかった。


「直人はどうするんだ。精密機器チップは付けたら外せないんだろ?」


「見てな」


 直人はポケットから万能ナイフを取り出して、自分の髪をばっさりと切り落とした。


「あああああああああっ! なにしてんのっ勿体ない!」


 せっかくの綺麗な髪が落ちていくのを見て、オレは思わず叫んだ。


「うるさいなぁ。お前には分からんだろうが男に長髪はおかしいだよ」


「少なくとも直人は違うだろ! オレはお前が男子トイレに入るのを目撃するまで、ずっと女だと思っていたんだぞ!」


「うわっ、きも」


 直人は頬を気つらせ、軽蔑の眼差しを向けてくる。


「レベルの高い女装キャラが、ただの女みたいな男になっちまったよ」


「俺がいつ女装した。……そんな女みたいか?」


「童顔だもん」


「そうか……うん、まぁいい。どうやって俺が脱出するかの話に戻すぞ」


 直人の首の後ろには、なにやら分厚い皮みたいなものが数枚重なって付いていて、その上にチップが装着されていた。


「チップって、直接首に付けなくていいんだな」


 外したら死ぬって聞いてたのに案外なんとかなりそうじゃないか。


精密機器チップが必要とするのは、後頭下筋群と呼ばれる首の後ろ部分だけだ。この機械がどのようにそれを認識しているのか分からないが、実験を繰り返して誤認させることには成功した」


「ちょっと待って、じゃあその首についているのって……」


「さっき言った人の部位だよ」


 オレは背筋が凍りつくのを感じる。


「……誰の?」


「俺の護衛のだ。でも安心しろ、別に俺が殺したわけじゃない。脱出方法を探るために死体から拝借させてもらっただけだ」


 状況が状況だけにしたかないと言えばそうなのだが、平然と語る姿は常軌を逸している。


 オレがなにも言わなくなると、直人は頭を荒々しく掻きむしる。


「なんで俺が自分の首にチップをつけたと思う?」


「え?」


「お前が撃たれないのは、チップをつけた俺がそばにいたからだ。つまり、お前の父親に頼めば俺はいつでもこの要塞から出られたんだ」


「じゃあ、直人は親父に頼まれて自分にチップを埋め込んだってこと?」


「八十点。その報酬は封筒の調査報告書。彼の調査記録が欲かったから、これを請け負った」


「そうか……」


「失望した?」


「いや、親父のこと……全然知らなかったんだなって……」


「まだまだこれからだ。君の知らなかった世界は次々と増えていく」


「楽しみだなぁ」


 直人は変色した人皮を掴んで勢いよく引っ張った。


 瞬く間に皮はブチブチと剥がれ、彼の首から多量の血が溢れ出した。


「大丈夫か!」


「問題ない。骨までいってない」


 チップから放たれた光の炎が厚い皮を貫き、首には焼きつけられた炎症が残っていた。


 オレは目の前で見たことに放心するしかなかった。


 直人は痛みに耐えながら慣れた手つきで包帯を首に巻く。


 もし、なにも対策をしないでチップを付けていたら呆気なく死んでいた。そう思えるほど痛々しい傷だ。


「こっちはいいから、さっき説明したことを始めろ」


 直人は若干イラついた様子で言った。


 オレは肉体労働しかできない自分を少し恨めしく思いながら、必死に腕を動かし続ける。


 計画通りに事は進み、護衛の人の命と多くの人間関係を犠牲にして、ついにオレたちは囚われの街からの脱出に成功した。


 外の世界からしたら、オレは二十二年間この要塞に囚われていた人なのだろう。


 自分が来た道を振り返り、ただの絶壁にしか見えない要塞を見上げてそう思う。


 ——本当に、ホールケーキみたいだ。


 ふと直人を見ると、彼はリュックを漁って取り出した双眼鏡を投げ渡してきた。


「見てみな」


「ありがとう」


 オレは目に焼きつけておこうと双眼鏡を覗き込む。


 要塞周囲は全体的に廃棄物の山で囲まれており、壁がシャターのように開閉して新たなゴミが排出されている。


 壁面に設置された監視カメラや機関銃が体毛のようで、まるで巨大な生き物のようだった。


「……圧巻だな」


 始めて自分が住んでいた場所を客観視した。


 すぐに双眼鏡を返そうとするも、直人は首を左右に振って「外周の縁を見てみろ」と言った。


 再び覗き込むと、そこには自分と同じように双眼鏡を手にした男が立っていた。


 互いに視線があった気がすると、相手がこちらに向かって大きく手を振ってきた。


「——ちゃんと別れの挨拶、したかったなぁ」


 男手一つで懸命に育ててくれた父親に、オレは心を込めて手を振り返した。


 お互いに相手が先に手を振り下ろすのを待っていると、親父は突然驚いたように体を弾ませ横を見る。


 オレは不思議に思いながら視線を向けた方向を追いかけ、親父に詰め寄って行く夜鶴の姿を発見した。


 彼女は親父が手にしていた双眼鏡を崖下に叩き落とし、荒れた様子で地団駄を踏む。


 なにやら怒っているのが側で見てとれる。


 初めて見る光景に溢れ落ちそうになった涙は乾いてしまった。


「——どうだった?」


 言い争う二人を見て、不思議とほっとしていた。


 黙っているオレに直人は首を傾げる。


「……なんか、スッキリしたよ」

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