第135話 栄光の玉 11


「残るはこの部屋だけですね」


 希咲の言うとおり、全体的にのっぺりしたダンジョンの中で、ここだけ意匠の違う、派手めな装飾の施された大扉が最後に残された。

 丸い輪っかから、三本の棒が木のように伸びたシンボルを中心に、網目模様で埋め尽くされている。


「見るからにボス部屋だよな」


 扉の前で腕組みしてつぶやくと、装飾を眺めていた希咲も頷く。


「ここのモンスターを倒せばクリアなのか、あるいは次のフロアの入口なのか」

「入ってみりゃわかるさ」


 無造作に扉に手をかけると、召喚していた手下ゴブリン達がびびりだす。

 ちなみに手下も少し増えて、ゴブリンx5の他に、少しでかいホブゴブリンx2と、弓を使う弓ゴブリンx3をゲットした。

 こいつらをつっこまそうと思ったが、このびびり具合だと、ちょっと無理そうだな。

 そっと中を覗くと、薄暗い部屋の中央が白く輝いている。

 目を凝らすと、それは虎、いや犀ぐらいの大きさをもつ純白の鹿だった。

 実に見事な毛並みで、首の周りには金色のたてがみが房をなしてなびいており、トナカイのような立派な角は、黒光りしてかっこいい。

 そしてオーロラのような光の帯が、全身を包んで波打っている。


「めっちゃ強そうなんだけど」


 静かに振り返ってそうつぶやくと、他の連中も中を覗く。


「うわ、え、ちょっと無理でしょ!? えっ、死?」


 慌てて扉から飛び退く希咲に続いて覗いたギャルのぴかりが、チラリと見てすぐに引っ込む。


「あー、うわー、駄目じゃん、なんでこんなところにいるの? あれって、『』だよね、本物!?」


 次いで覗いたフィリソーズもまた、


「なぜ?」


 と一言だけつぶやく。


「まあよくわからんけど、旅はここまでだ、冒険を打ち切ろう、と言うことだよな」

「そういうわけにはいかないでしょう。ほら、あの奥に上に進む階段が見えていますよ」

「見えていたから何だと言うんだ、あんなめちゃくちゃなのと戦えるわけないだろう。俺でもわかるぞ。初対面の時のお前よりヤバくね?」

「でしょうね」


 フィリソーズはにっこり笑って頷く。


「我々は力になれませんが、あなたの雄姿は忘れません。全力で挑んで消し炭にされるのもまた、王の生き様といえるでしょう」

「やだよ。っていうかこういう時って、仲間が次々犠牲になって、その屍を乗り越えて俺が覚醒するとかじゃないの?」

「昭和のアニメじゃないんですから、勝てる物は勝てるし、勝てない物は勝てませんよ」

「やっぱあの鹿って、おまえらよりも強いってこと?」

「本物ならそうですね」

「本物って何の本物だよ! そういや、この間も鹿が出たな。建御雷つながりでアメノカクとかそういうやつ? ギリシャ神話にもなんか聖獣の鹿がいたけど、名前なんだっけ」

「そういう、人間の妄想した存在であれば、どれほど強くとも私が負けることはありませんが、あれはこの世界の理を越えていますね。私よりもはるかに上位の存在の現し身です」

「なんでよ、俺のハーレムライフにそんなのいる? なんか俺だけ別ゲーやってるみたいになってない?」

「人の身でハーレム王などと高望みしたツケを払っているということでしょう。ただの王ならいざ知らず、ハーレム王ですからね」

「ハーレム王って王より上なの?」

「決まっているではありませんか。さあ、いつまでも待たせるものではありません、いいから絞られてきなさい」


 フィリソーズは俺のケツをポンと蹴って部屋の中に押し込んだ。

 部屋の中では、一匹の気高く美しい白鹿がまどろんでいる。


「ご、ごきげんよう。日下晴男と申します。本日はお日柄もよく……」


 よくわからんが、とりあえずもみ手で挨拶してみた。

 ぶっちゃけ、こうして立ってるだけで精一杯で、白鹿はなにもしていないのに周りのすべてを押しつぶさんばかりの力を発している。

 その白鹿がすっと立ち上がり、目を見開く。

 金色の瞳が俺を捕らえ、わずかに歯を剥き、吠えた。

 次の瞬間、俺は、いや、俺だった物は原子の一粒も残さぬ程に消し飛び、宇宙と一体になる。

 一体とはすなわち、宇宙の全領域、全時間域すべてに偏在するということでもある。

 そうして俺は一瞬にしてこの世界のすべてを知り、そして忘却したのだ。


「はっ!?」


 っと気がつくと俺の体は元通りで、目の前の白鹿は、どこかいたずらっぽい顔で小さく鳴くと、ぴょんとこちらに跳びかかってきて……消えた。

 なんだったんだ?


「おや、無事だったようですね」


 しれっと部屋に入ってきたフィリソーズ。


「お前なあ、俺がなあ、どんな目にあったかなあ」

「どんな目にあったのです?」

「いや、それがよくわからんけど、なんか、宇宙の深淵に触れたような……」

「では、そういうことでしょう。あなたも真に王の道を歩み始めたと言うことです」

「そうやってすぐ煙に巻こうとするのはよくないと思うんですよね、俺は」

「王たる物が細かいことを気にしない。あとで頭をなでてあげますから」


 などと調子のいいことを言っていたが、鹿に気圧されて茫然自失状態だった希咲もやっと我にかえったようだ。


「い、今の何だったんです? 幻!?」

「いや、いたよ、なんかべらぼうにヤバいのが」

「そ、それでどうなったんです?」

「なんか俺に宇宙の真理の片鱗を見せて去って行った」

「宇宙って大丈夫です? ゲッター線とか出てません?」

「わからん、むしろガンダルフの気分というか、とにかく俺は疲れた、今日はもうゴールでいいよな」

「そ、そうですね、私もなにがなにやら……」


 引き返そうとしたら、眼鏡のラヴァが、奥の階段を指さす。


「せっかくなので上階を踏んでおいたほうがよいですよ。このフロアがクリア扱いになるので」

「そう言う仕組み?」

「おそらく、そうであろうと先ほど認識しました」

「お前の知識がアップデートされたってこと?」

「そうなりますね」


 言われるままに階段に進む。

 ゲームのプロトタイピング用モックモデルでも、もうちょっとマシな造形をしているのではないかと思えるようなシンプルな階段をのぼると、次のフロアもやはり同じようなのっぺりした物だった。

 ただ、壁の色が水色寄りのグレーから緑寄りのグレーに変化しているようだ。

 ちらっと見た感じでは、この階もそれなりに複雑そうだったので、今日はお開きにして階段を戻ると、通路全体が明るく光っていた。


「明るいな、これがクリアしたって事なのか?」


 途中、小部屋の中も覗くがすべて明るく照らされて綺麗な物だ。


「残ってた敵も、もう出ない感じかなあ?」


 半数ぐらいはテイムしたのだが、残りは手下の訓練を兼ねて倒してたんだよな。


「そう……なるようですね」


 こめかみに指を当てて、しばし悩んでいるように見えたラヴァがそう答える。


「手頃なモンスターはなるべくその場でテイムすべきでしょう。もっとも、ここのフロアにこれ以上役に立つモンスターはいなかったと思いますよ」

「いっそ、さっきの鹿がテイムできればよかったのにな」

「そんな、恐れ多い。あれは私に認識できた範囲でも、およそ10の71乗ジュール以上のエネルギーを秘めていましたよ」

「それって……」

「そうですね、観測可能な全宇宙すべてに匹敵するエネルギーですね」

「そこまで行くと、パワーインフレってレベルじゃないな。つかどうやって測定するわけ?」

「測定したわけではありません。私の能力は、要するになので」

「ふむ、そういうふうに認識できたって事か」

「そうです。ですが、あれほどの存在が個として実在すると言うことは、先ほど話に出た銀河一つ分程度のエネルギーを扱うことは、それほど現実離れした話でもないということになりますね」

「そういう見方もあるか」

「つまり、この世界は考え得るである、ということです」

「怖いねえ」


 現実感がなさ過ぎて、ほんとは何の感情も浮かんでこないんだけど、まあいいや。

 とにかく、今日の探索は終わりだ終わり。

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