リセット

Green Ray

リセット

  1


 人間誰しも、良いところがあれば、悪いところもあるし、嫌いなものがあれば、好きなものがあると思う。僕の場合、大半は悪いところと嫌いなもので埋め尽くされている。

 自分のDQNな名前も嫌いだし、それを別に構わないと諦めてしまう自分の性格も嫌いだし、とにかく、良いところなんて見つからない。自分に嫌気がさしていた。

 あーあ、この夏休みに、自分の世界が変わってしまうような出来事が起こらないかな。

 空に向かって大きなため息をついた時、ガツンと足で何かを蹴った。

「……は?」

 世界が変わるのは、案外簡単かもしれない。



  2


 テレビでしか見たことない紫色の髪、吸い込まれそうな形のいい唇、不気味に透き通った白い肌、ノースリーブの花柄のワンピース……を、着た女の子が道端に倒れている。

「あ、あのー」

 トントン、と肩を叩いてみるが、全然動かない。

 熱中症、なのか? それとも救急車呼んだ方がいい?

 こんな風に倒れている人を初めてみたからか、頭の中は混乱して何をするべきなのか分からなかった。だから、とりあえずそこら辺の自販機で水を買って、口元にあてる。

 僕が水を入れた途端、彼女は人間かと疑うほどの動きを見せた。心臓のところがグワッと上にあがって、首をガクンと動かして、周りを見渡し僕を見つける。どういう反応をするべきか分からなくて、ペコ、とお辞儀だけすると、彼女もペコッとお辞儀を返してきた。

「……あの、大丈夫ですか」

「ああ、あなたが助けてくれたのね! えーとぉ」

 彼女は何も言わずグイッと僕を引きよせて、おでこを触ってきた。一瞬のことで顔が真っ赤になる。

「三瀬早! ミセ! 下の名前は教えてくれないのね」

「……は?」

「私の名前、シオンよ。ミセ、よろしく」


 シオンって、花の名前だ。


 どうでもいい情報が、ポンッと、頭の中に浮かんだ。

 どうでもいいことだから、その知識は披露しないけど。

「……何ですか、そのミセって」

「あなたのあだ名」

「じゃ、なんで俺の名前知ってるんですか」

「そりゃあ私が、未来から来たからだよ! 全部頭に入ってるよ?」

「……はあ?」

 仕方ないなぁ、というように、シオンは腕組みをしてため息をつく。そして、もう一度大きな声で言った。

「未来から来たの!」



  3


 自称『未来人』のシオンは、どうやら人造人間で、何かの手違いがあってこの夏は、ずっとここにいなければいけないらしい。

 ……いやいやいやいや。

 どうせ、未来人のふりして帰省しているだけのただの人だろう。髪は染めているようだけど、顔は日本人っぽい気がする。

 それに、未来から来てこんな風に馴染めるもんか。

 そんな疑惑は尽きないけれど、なぜかシオンは僕に付きまとってくれた。最初は鬱陶しいなあとか思っていたけれど、自分の居場所を見つけたみたいで、シオンと過ごすのはなかなか楽しかった。

 シオンは、きっちり一日に一個、質問をしてきた。シオンと出かけ、町を歩き回って、とくに買い物もせずにいつも最後にたどりつく川辺。場所は決まってそこだった。


「ミセはー、何歳?」

「十五歳」

「ふーん」


 僕にだけ聞いて、自分はそのことについては一切触れることは無かった。


「ミセミセ、誕生日は?いつ?」

「八月三十一日」

「そっか…お祝いできないねー」


 よく考えてみれば、そんなこと、『全部知っている』なら聞かなくてもいいようなものだった。


「ミセ、何歳?」

「十五歳」

「なるほど!」


 時々、前聞いたはずの質問を、再びしてくることもあった。


「ミセは、この町が好き?」

「うん」

「………」


 何故か突然黙ってしまうときもあって、そういう日は何がいけなかったのかと僕を悩ませた。


「ミーセッ」


 最後の質問で、僕はとうとうシオンがいなくなるんだと知った。


「私のこと、嫌い?」



  4


 一瞬で世界が固まった。

 シオンの言葉で、何かが始まったように、全部が止まった。川の輝きは薄れていくし、草の痛みも消えていく。

 ……幻じゃなくて、夢じゃなくて、現実に世界がしっかりと、ぴったりと時間を止めた。

「……ミセ」

「おい、シ」

「答えは何でもいいの。分かっちゃうと、悲しいから」


 シオンと、僕の時間だけ止まっていないのか。


 こんなことが出来るなら、最初からこうしてくれればよかったのに。ずっと一緒の時間を過ごせたかもしれないのに。

 そんな自分の考えは浅はかだと、シオンの後ろに現われた大きな船によって知らされた。

 僕がその姿に圧倒されているうちに、たくさんの人々が船から降りてくる。状況が飲み込めないまま、声にならない息苦しさを感じた。


「……黙っててごめんなさい。だけど、私は」

「オイッッ! シオン! こっちへ来い!!」

 船の方からドスの利いた声が聞こえた。その声を聞いてシオンは、ハッと形相を変えて僕を睨んだ。


「私は、未来から来た、スパイ、なの」


「……は?」

 飲み込めない衝撃が、体の中でこだまする。

「ずーっと、ずぅっと、あなたのことを騙していたのよ」

 そう言って、僕を殴った。何度も、何度も。

 人造人間のシオンの手は冷たく、固かった。僕に触れた時に感じたあの暖かな感触は嘘だったのかと記憶が曖昧になってくる。

 ごめんね、とか、嘘だよ、とか、冗談だよ、が聞きたくて、何とか気絶しないようにするけれど、その時は来なかった。

 遠のく意識の中で、船へと歩むシオンを見た。



  5


薄れていた意識が、僕のもとへ戻ってきた。時間はさして経っていないように思える。ハッとして、あの船があった方を見やった。

「え……」

 町は、まだ形を保っていた。だけど、何かが違った。


 ドン! ドン! 


 砲撃であろう音が聞こえる。

 気付いた時には、走っていた。あの船の方へ。シオンのいる方へ。

 あの質問。「ミセは、この町が好き?」っていう質問。「うん」だなんて、たったそれだけで終わらせなければよかった。


「シオーーーーーーーーン!!!!!」

 船の前に立って、バッと手を広げた。

 中から、シオンと、ごつい見た目の仮面をつけた人物が出てくる。おそらく、さっきシオンを呼んだのはこいつだ。

「これ以上壊さないでください!」

 精一杯叫んで、二人を見た。シオンの口元が「ミ」「セ」と動いたように見えたのは、僕の勝手な思い違いだろうか。

「俺の町なんです! やめてください!」

 未来人の、人造人間の思うことなんて分からないけど、だからこそ、何もできない自分にはこれくらいがちょうどいいと思った。


「……何をやめろと言うんだ」

「町を壊すことです」

「これから、我らの歴史を作るのだ」

「俺たちの歴史を消さないでください」

「……はあ」

 わざとらしい大きなため息をついてから、そいつは僕ではなくシオンの方を向いた。

「お前が何の連絡もしてこなかったのはあいつのせいか」

「……その」

「潜入も完了して、準備に入っても良かったと言うのに、何一つ報告をしてこなかったのはあいつのせいか!!?」

「……わ、私は」

「黙れ!!!」

 自分の中に、どのくらいの声量が埋まっていたのかというくらいの大声が出た。

「シオンはお前とは違う!!」

 奴のギンギンした眼差しは僕の方を向いた。怖気づきそうになって、でも下を見たら負けだと思って前を向き続けた。

「お前はとは、違う……だぁ……?」

「……せ、せん」

「船員共! あいつを消してしまえ!」

 指先が僕に向くのと同時に、船についていた銃砲も僕の方を向いた。何をするために、僕はここに来たんだっけ。後悔みたいな気持ちが浮かんできて、グッと歯を食いしばった。


「やめて!!!」


 ドン!!! 

 ドン!! 

 ドン!



  6


 音だけが耳に痛くて、僕の体には何も変化は起こらなかった。ただ、前にあった大きな船がぼろぼろに崩れ落ちて、人造人間たちの中身が生々しく、だけど味気なく剥き出しになっていた。

 シオンが、銃砲を船の方に向けたのだ。僕は、シオンの名を呼んで船のあった場所へ向かう。


「シオン!」


 バリ、パリ。

 落ちている残骸たちを踏むたび、心臓がきゅっと小さくなる。

「シオン! どこだよ!」

 土煙の中で、あの仮面を見つけた。傍に倒れている人造人間が、きっとアイツなんだろう。もう、何だかわからなくなっていた。

「シオン! し、あ……!」

 彼女だけの紫色の髪を見つけて走り出した。


 シオンの左腕は吹き飛び、体の所々が剥がれ落ち、中身の導線が見えて、涙が溢れそうになる。でもこらえた。溢れた涙で、シオンが感電したりして、本当に消えてしまったら嫌だ。

「……ミセ……ごめんね……」

 やっぱり冷たいままの手で、シオンは僕の顔に手をやる。

「もう私ダメだ……しんじゃう……」

「……だって、シオンは、直せば……」

「ダメだよ……いくら、人造だからって……ほら……」

 頼りない右手でコンコンと心臓の位置を叩いた。

「……こころ、あるから……」

 僕は思わずその手を取った。一緒に心臓に手を当ててみるけど、鼓動は無い。

「……私、ミセに、ひどいことしちゃったぁ……」

「俺は、大丈夫だよ」

「……ミセってさ、私のこと、結構好きでしょ?」

 すぐに、上手く答えが出せなくて、口の中でもごもごする。

「……うん」

「あは……ありがとう……」

 泣きそうな顔しているのに、涙が出ないシオンを見ていると、未来で人造人間を作った人間に腹が立つ。

「過去でこんなことになっちゃったんだ……から、もう少しで……全部消える……安心して」

「……シオンも、消えるの?」

「……ミセ」

「何?」


「忘れないでね」


 結局、僕の質問には答えてくれないんだ。だんだん、重たい空気が変わっていくのを感じる。

 消える瞬間が見たくなくて、ギュッと目を瞑った。まぶたの裏で、光の粒みたいなものが見えた。


 生ぬるい風が僕の頬をかすめる。



  7


 夏休みが始まって、すぐ。受験勉強とか、しなきゃないのかな。面倒くさいなあ……でも、嫌だとは思わないけど。

「三瀬早! 川辺でアイスとか贅沢だな、お前」

「な、山城。三瀬早って長いから、今日からミセって呼ばね?」

「お、さすがウッチー、天才ッス!」

 今どきあだ名とか、子供かよ。子供みたいだけど、やっぱり、これも嫌な気はしない。むしろ、懐かしい、みたいな。

「山城、オレたちもアイス買いに行こうぜ」

「うん。じゃあな、ミセ」

「じゃあなー、ミセー!」

 山城とウッチーは、自転車に乗ってそのままあっという間に遠くに行ってしまった。なんで友達になったんだっけ。理由もよく覚えてないけど、それでいいかな。

「あ」


 雑草の隙間に、紫色の、小さな花が咲いていた。

 名前は確か…シオン。


                       終

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