第2話 喋る鎧
「ふぅ……」
宝物庫の扉を閉め、私は一息ついた。
そして、目の前に鎮座する魔鎧と対峙する。先代の勇者でさえ選ばれなかった魔鎧。先代の勇者はどうにか鎧を脱ぎ捨て、今代勇者もまた、兵士が数十人がかりで取り押さえたという……。かつて魔王軍に大打撃を与えたというそれは、確かにここにある。
魔鎧に覆い被さった白い布を剥ぎ取り、その姿を目にする。
禍々しさを感じるデザイン。コンパクトに纏まった見た目は恐ろしくも頼もしくある。各パーツごとに分解して装着するのだろう。
「さて……どうしたものやら」
魔鎧についての知識はある。意思があり、それぞれが使用者を選ぶということ。しかし、選ばれるにはどうしたら良いのだろう。
意思を通わせるには会話だろうか?
『……久しぶりの人だな』
「ひぇ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
『くくく……誰かがやって来るなど何年振りだろうな……』
ぎろり、とおそらく胸当に相当する部分が片方、目のように開きこちらを見てきた。黄色い瞳に黒い瞳孔が覗いている。
「しゃ……喋った……」
『魔鎧が意思を持つのは有名な話だと思っていたが』
「現存する魔鎧が少ないのでな……いや、普通に喋るとは思わなかった」
『ふむ……そうか。それで、貴様は俺に何を求めてやって来たのだ?』
少し考えるように目を伏せた後、魔鎧はそう言った。
「私は力を求めて来たのだ。先々代の勇者と共に戦い、魔王を追い詰めた魔鎧の力を借りたいのだ」
『ははは、そうか、かの魔王はまだ倒されていないのか』
「笑い事ではない。で、だ。力を貸してくれるのか?」
『ふむ……』
魔鎧は少し黙ると私の方を見た。
『どんなことをしてでもその力は欲しいのか?』
「ああ、どんなことをしてでもだ」
『ふん、あいつと似たようなことを言う』
どこか懐かしそうに魔鎧は言った。
『いいだろう』
「──では!」
『が、力を貸すのは構わない。だが──』
「だが?」
『果たしてお前が俺を受け入れることができるかな?』
「なんだって受け入れるさ」
『──ほう? 言ったな』
面白いものでも見た、と言いたげに魔鎧は目を細めた。なんと言うか、まるで人間と話しているような気分になる。しかし、相手は魔鎧。たとえどんな要求をされようと受け入れる覚悟はある。どんなことをしてでも魔王を討ち倒し、世界を平和へと導くのだ。
きっ、と改めて視線を向ける。
『──では脱げ』
「わかった──は?」
『聞こえなかったか? 着ているものを脱げ』
呆然とした脳にその言葉だけが入って来る。思考が止まる。
「な……なぜ?」
『必要だからだ』
短い言葉で返される。
脱ぐ……? ここで……?
扉の向こうには衛兵だっているし、何かあれば私の元へ駆けつける準備をしているだろう。そんな場所で……脱ぐ?
「全部か?」
『全て、だ』
下着さえも許されなかった。
◆
「こ、これでいいか……?」
着ていたドレスも下着も畳み、地面に置いた。
全てを曝け出した。
素肌で空気を感じながら、自身をかき抱く。
ああ──どうしてこんなことになってしまったのか。
わからない。
力を求めた自分が悪いのか。
力を求めた代償がこれだというのならば、そんな試練を要求する神を私は許さないだろう。
『手が邪魔だな』
「くっ……」
私はゆっくりと腕を身体から解いた。顔を伏せた先に、嫌でも目に入って来る。
白い肌の先に、空気に触れてツンとたった薄桃色。歳の割に大きな胸。耳まで熱くなってるのがわかる。
だって、洗ってくれてるメイドさん以外に見せたことないんだもの……。
『……時に娘よ』
「アンリエッタだ」
『アンリエッタ、お前は本当に全てを投げ出す覚悟でいるんだな?』
「勿論だ。私は民草の為に戦うと決めた」
『それはどんな呪いであってもか?』
「ああ──どんな呪いであっても!」
決意は固い。
そう、たとえ丸裸にされようと、私の決意は揺るがない。
真っ直ぐに魔鎧に目を向けた。
『良いだろう。その覚悟、しかと受け取った。これよりこの俺──【魔鎧】オルドビスはお前の鎧となり身を守り、敵を打ち砕く力となろう!』
おお、認められた。
何故だ。
果たして裸にされる意味はあったのだろうか? 疑問を抱えながらもしかし、これで戦える。
『その代価としてお前はこれ以降、俺以外を着ることが出来ないだろう!』
「──え?」
『その覚悟、しかと受け取った!!』
「ちょ、まっ──!?」
そんなことは聞いてない!?
そんな私の心の声は届かない。
──そして宝物庫は光に包まれた。
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