第3話 戦う力


 私は部屋に駆け戻り、ベッドに飛び込んだ。柔らかなベッドが全てを包み込んでくれる。いつだって優しく私を抱き止めてくれる。


『どうしたというのだ』


 布団の中から声がする。

 やめてほしい。


「こんな格好になるなど聞いてないぞ」

『言ってないからな』

「とんだ呪いの鎧じゃないか」

『それは韻を踏んでいるのか?』


 やかましい。

 もぞもぞと布団から身体を起こし、ベッドから降りる。

 ふと、鏡が目に入る。自身の姿を映す姿見というそれは、とある商人から買い上げた高級品だ。そこに映る自身の姿のなんと下品なことか。

 下着と見紛うほどの面積を守る、テカテカとした紫の鎧は頼りなく思える。バカみたいな格好じゃないか、こんなの。


『よく似合っているぞ』


 やかましい。


『さてアンリエッタ、これでお前は俺以外の服を着用出来ないと言う代償のもと、比類なき力を得たわけだが』

「…………はっ!?」

『俺がお前を選んだ理由、それは──』

「そんなことはどうでもいいが!?」

『なんと気にならないと言うのか』

「そんなことよりもお前以外を着用出来ないとは!?」

『言葉通りの意味だが?』


 あっけらかんと言われ、眩暈がした。なんということだ。私は決意と信念を持って魔鎧を着用すると決めた。だがしかし、私に残されたのは痴女になる道だけだった。

 聞こえて来る。


「痴女だー! 痴女姫が助けてくれた!」


 もしも私が活躍すれば、そこに付随する名称は痴女姫だ。姫騎士などと呼ばれることは二度とない。痴女姫であり痴女騎士だ。

 頭を抱える。

 が、しかし現実は待ってくれない。

 廊下を隔てる扉の向こうから、バタバタと足音が聞こえ、静止する間も無く扉が勢いよく開かれた。


「アンリエッタ様! ま、魔物が──ってなんて格好してるんですか!?」


 勢いよく飛び込んできたのはメイド服姿の少女で、名前はイリス。私のお付きである。肩ほどの黒髪と、碧眼が特徴的な可愛らしいメイドだ。が、しかし、今はその瞳を丸くして、頬を紅潮させ震えている。

 ああ──力など求めなければよかった。





「何があった」


 出来るだけいつも通りに口を開く。


「いや、何があったも何もええ……それこっちの台詞……」

「何が、あった」

「わかりました、非常に気になりますけど緊急事態です。ハイデラ王国の門が破られました!」

「──魔物の侵入を許したのか!?」


 馬鹿な。

 このハイデラは堅固な城門に守られ、蟻の子一匹さえ通さないとまで言われている。それをこうも簡単に……。


「ええ……どうやら相手は魔王四天王の一人、グルーチカのようです」

「四天王……本気で人類を落としに来たということか」


 長きに渡る戦いに辟易しているのは互いに一緒ということだろう。

 じっとしている訳にはいかない。


「イリス、私の剣をここに」

「……あの、その格好で行くつもりですか? いつとの鎧は……」

「緊急事態なのだろう?」

「いえ、ですが」

「すでに兵たちは出ているのだろう? ならば私が出ない理由はない」

「あの……ああもう! その格好には目を瞑ります!」


 パタパタと廊下へ飛び出すイリスの後ろ姿を見て、どっと疲れが押し寄せる。


『いいじゃないか、どうせ大勢に晒すんだろ?』

「本当にお前以外着れないのか?」

『試してみれば良い』


 私は椅子に引っ掛けていた外套を手に取り、羽織る。

 瞬間、外套が吹き飛んだ。

 もの凄い勢いで壁に叩きつけられ、落ちた。


 ──詰んだ。


『だから言ったろう? だがしかし、それと引き換えにお前は比類なき力を得た。そのことに偽りはないぞ』

「お、お待たせしました!」


 パタパタとイリスが戻って来る。その両手に簡素なロングソードを携えて。飾り気のない、真っ直ぐな剣だ。折れず、曲がらず、まるで私の信念を表しているかのようだ。

 そうだ、私はこの剣に誓ったのだ、民草を守ると。


「ありがとう、イリス」


 剣を手に取り、私は廊下に出る。

 ガラスの向こうからは破砕音と人々の悲鳴が聞こえて来る。

 そうだ、私が恥ずかしがっている場合ではないのだ。


「行くぞ、オルドビス」

『任せろ』


 踏み込んだ瞬間、景色が高速で流れる。しかしそれを当然と、私は認識していた。





「くっ……魔王軍め」


 俺はこのハイデラに仕える兵士として魔物を迎撃していた。

 長年破られなかった城塞が破られたのはつい先程のことで、あまつさえ魔物の侵入を許すなどという不名誉、我がハイデラ騎士団において許されはしない。

 だがしかし、反省は後だ。

 今は少しでも被害を抑え、民を守るのだ。

 あちこちから聞こえる魔物の鳴き声。空にはワイバーンが飛び、大地をゴブリンやオークの群れが進んでくる。

 俺は民を守るために全力を尽くさねばならない。


「くそ──多過ぎる!」


 それでも限度がある。

 兵たちは一人、また一人と倒れていく。

 それでも俺たちは槍を振い、魔物を一匹、また一匹と屠っていく。


「あっ」


 視線の先、路地の隅で身を震わせる幼い少年少女を捉えた。おそらく隠れていたのだろう二人は、今にもオークに叩き潰れんとしていた。


「くそ──!!」


 思わず走り出す。俺の身はどうなっても構わない。しかし、幼い少年少女にはまだ未来がある。そんな二人を見過ごすなど、ハイデラ騎士失格だ。

 俺は二人の前に身を投げ出すと、咄嗟に目を瞑る。


 ──しかし、覚悟していた衝撃はついぞ来ることはなかった。


「敵を前に目を瞑るとは……しかし身を投じてまで幼子を守る覚悟、そのことは認めなければならないな」


 声が聞こえた。

 最も頼もしき騎士団の長。

 姫の身でありながら戦いに身を投じる姫騎士。

 薄らと目を開ける。

 頼もしき背中が目に映る。


 ──次の瞬間目に入ったのはTバックの尻とほぼ防御力のない背中だった。つるりとした白磁のような背中とハリあるお尻。そして、流れる金の髪。こちらを見つめる碧眼。


「無事か……?」

「──無事かどうかと言われれば無事ですけどその格好は……」

「ええい聞くな!」


 聞くなと言われましても……。

 どう見ても痴女がそこにいた。

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