第14話 テスト週間の攻防と僅かな手応え

悪夢のような……いや、ある意味では夢のようだが、中間テスト週間が始まった。


初日から、教室には鉛を飲み込んだような重い空気が漂い、休み時間にはノートや単語帳とにらめっこする生徒たちの姿が目立つ。


北海道の爽やかな春とは裏腹に、俺たちの心はどしゃ降りである。


もちろん、俺も例外ではない。

特に、山場は三日目に控える数学だ。赤点だけは避けたい、その一心で、俺は休み時間や家に帰ってから、必死でノートと向き合っていた。


そこには、先日の図書館での激闘?の記録が記されている。西村会長による、明瞭で的確な解説パートと、解読不能なミミズのような文字と謎の記号が混在するパニックパートが、見事なマーブル模様を描いていた。


(会長の冷静な時の説明は、本当に分かりやすかったんだよな……)


俺は、パニックパートを脳内でフィルタリングしつつ、記憶を必死で呼び起こす。

あの時の、凛とした声。的確な指差し。時折見せる、集中した真剣な横顔……。


(……って、いかんいかん! 数学に集中しろ、俺!)


なぜか会長の顔ばかりが浮かんできてしまい、俺は慌てて頭を振った。


テスト期間中、会長はいつも以上に「完璧な生徒会長」モードに見えた。休み時間も静かに次のテストの準備をしており、隙がない。俺と目が合うと、やはり反射的に逸らされてしまうが、以前のような露骨なパニックは見られない。


テストという共通の敵の前では、少しだけ冷静さを保てているのだろうか。あるいは、単に俺を避けるのが上手くなっただけか。


そして、運命の数学のテスト当日。

問題用紙が配られ、開始の合図と共に、教室はシャーペンを走らせる音だけに支配された。俺は、深呼吸をして問題に取り掛かる。


(……お、この問題、会長が説明してくれたやつに似てる!)


序盤で、早くも光明が差した。会長の冷静パートの説明が、鮮明に蘇る。俺は、記憶を頼りに、着実に解答欄を埋めていく。


(いける……! これなら、いけるぞ!)


中盤、少し複雑な応用問題が出た。

これも、会長がパニックを起こしながらも、断片的にヒントをくれた問題だ。


(えっと、あの時、会長は『こ、ここと、これを、こ、こうして……あわわわ!』とか言ってたな……どの部分だよ!?)


パニックパートの解読は困難を極めたが、断片的なキーワードと、会長が赤面しながら指差していたグラフの形を思い出し、なんとか自分なりの答えを導き出した。

正直、合っている自信は半分くらいだ。


テスト中、一度だけ、問題を解くのに夢中になっていた会長と、ふと目が合ってしまった。会長は「ビクッ!」と小さく肩を揺らし、次の瞬間には顔を真っ赤にして、猛烈な勢いで問題用紙に視線を戻した。その反応に、俺も少しだけ動揺してしまい、集中力が途切れたのは言うまでもない。


長いようで短かったテスト時間が終了する。

教室を満たしていた緊張感が、ふっと緩んだ。


「……終わった……」


俺は、シャーペンを置き、大きく息を吐き出した。手応えは……正直、微妙だ。会長のおかげで解けた問題も確かにあった。

しかし、解読不能だったパニックパートの問題や、自力で挑んだ問題の出来は分からない。赤点を回避できたかどうか、五分五分といったところか。


それでも、以前のテストに比べれば、僅かながらも「やった感」があったのは事実だった。それは紛れもなく、あの奇妙な勉強会のおかげだろう。



テスト週間最終日。全ての日程が終わり、解放感に満ちた空気が学校全体を包んでいた。生徒たちは、疲れ切った顔の中にも、どこか晴れやかな表情を浮かべている。


俺も、重圧から解放され、ぐったりと机に突っ伏していた。


隣では、結衣が「終わったー! カラオケ行こー!」と騒いでいる。こいつは本当に元気だ。


チラリと、西村会長の方を見る。彼女も、友人たちと何か話しているようだが、表情はいつもより少し柔らかく見えた。テストが終わって、彼女なりにホッとしているのかもしれない。


俺との間に流れる気まずい空気は、まだ健在のようだが……。


(とりあえず、終わったな……)


あとは、結果を待つだけだ。


俺は、数学の結果がどうであれ、会長にはちゃんとお礼を言わなければな、とぼんやり考えていた。もちろん、またパニックを起こされる可能性大だが……。

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