第15話 結果発表と不器用な「ありがとう」

テスト週間という名の嵐が過ぎ去り、数日後。


俺たちの前に、次なる試練…いや、審判の時が訪れた。テスト結果の返却である。教室には、朝から期待と不安が入り混じった、なんとも言えない緊張感が漂っていた。


「…はい、じゃあ答案を返していくぞー」


担任の言葉を合図に、答案用紙が名前を呼ばれながら次々と生徒たちの手元へ渡っていく。

歓声が上がる者、小さくガッツポーズする者、そして…静かに天を仰ぎ、砕け散る者。悲喜こもごもの人間ドラマが、この小さな教室で繰り広げられていた。


俺の心臓は、例の勉強会以来、最大級の音量で鳴り響いている。

特に、数学。頼む、赤点だけは……!


「……佐藤」


名前を呼ばれ、俺は恐る恐る答案を受け取った。震える手で、右上の点数を確認する。


「……………お」


思わず、声が漏れた。

そこには、赤点を余裕で回避どころか、俺史上、過去最高得点に近い数字が記されていたのだ!


(やった……! やったぞ!!)


心の中で、俺は盛大なガッツポーズを決めた。


あの悪夢のような…いや、奇跡のような勉強会は、無駄じゃなかった! 会長の、冷静パートの説明は、間違いなく俺を救ってくれたのだ。

チラリと、会長の席を見る。彼女は、返された答案を、特に表情を変えることなく静かに眺めている。さすがだ。点数が良いに違いない。


隣の結衣は…おお、結構いい点取ってるな。後で何か奢らされそうだ。


(…よし)


俺は決意した。今だ。今なら言える。会長のおかげで赤点を回避できた、いや、過去最高点に近い点数を取れたこの喜びと感謝を、ちゃんと伝えなければ。


答案返却が終わり、教室が少しザワつき始めたタイミングで、俺は席を立った。

一直線に、会長の席へ向かう。周囲の視線が少し集まるのを感じるが、もう気にしない。


「に、西村会長!」


俺の声に、会長の肩がまたしてもビクッと跳ねる。振り返った顔には、緊張と警戒の色が浮かんでいる。


「あ、あのさ…」


俺は、自分の数学の答案を彼女に見えるように示しながら、はっきりと言った。


「数学、おかげさまで、めっちゃ点数良かったんだ! 赤点どころか、自己ベスト更新した!」


「え……?」


会長は、俺の答案と俺の顔を交互に見て、目をぱちくりさせている。


「これも全部、西村会長が勉強教えてくれたおかげだよ! 本当に、ありがとう!」


俺は、少しだけ頭を下げて、感謝の言葉を述べた。言い切った。ちゃんと、伝えられた。


会長は、俺の言葉を聞いて、みるみるうちに顔を真っ赤にした。視線は右往左往し、手元のシャーペンをカチカチと意味もなく鳴らし始める。いつものパニック反応だ。


「い、いや……! そ、それは、さ、佐藤くんが、ちゃんと、頑張ったからで……!」


「…………」


「わ、わたしは、別に、たいしたこと、してない……し……!」


俯いて、消え入りそうな声で否定する会長。

でも、ほんの一瞬だけ。本当に、瞬きするほどの短い間だけ、彼女が顔を上げた気がした。

その瞳に、驚きと、ほんの少しだけ、嬉しそうな色が宿ったように……見えた。


(……気のせい、か?)


すぐにまた俯いてしまったので、確信は持てない。


会長は、何かから逃れるように、「し、しつれいしますっ!」とだけ言うと、答案用紙を掴んで、そそくさと教室を出て行ってしまった。

生徒会の用事だろうか。


(……まあ、あんな反応だよな)


俺は苦笑いしながら、自分の席に戻った。

まともに感謝の言葉を受け取ってはもらえなかったが、それでも、伝えるべきことは伝えられた。そして、何より、数学で良い点が取れた。それだけで十分だ。


「おー、健司ぃ。ちゃんと『ありがとう』言えたじゃん!」


すかさず、結衣が隣から声をかけてくる。


「まあな」


「で? 会長の反応は?」


「……いつも通り、パニックになって逃げてった」


「あはは! まあ、そんなことだろうと思ったけどさ。でもさ、健司」


結衣は、少し真面目な顔で続けた。


「なんだかんだ言って、会長との距離、ちょっとずつ縮まってるんじゃない?」


「……そうか?」


「そうだって! 前は話しかけることすら無理だったでしょ?」


「まあ、そうだけど……」


そう言われると、そうかもしれない。

相変わらずポンコツで、挙動不審で、すぐに逃げ出すけれど。それでも、勉強を教えてくれたり、俺の言葉にパニックながらも反応してくれたり。


西村会長との関係は、依然として謎だらけだ。

でも、ほんの少しだけ、前に進んでいるような……そんな気がしないでもなかった。

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