第13話 可愛い忘れ物と幼馴染の追求

(……これ、どうやって返せばいいんだ……)


翌朝、俺は自分の席で、机の上に置かれた一つの消しゴムを睨んでいた。白くて四角い、ごく普通の消しゴム…ではなく、てっぺんにデフォルメされた可愛らしい三毛猫のフィギュアがちょこんと乗っかっている、ファンシーなやつだ。


これは昨日、西村会長が図書館に忘れていったものである。

完璧生徒会長の持ち物としては、あまりにもギャップがありすぎる。彼女がこれを使っている姿を想像すると、なんだか妙な気分になった。


「おっはよー、健司! で、どうだったのよ昨日!? 図書館デート!」


俺が消しゴムと睨めっこしていると、登校してきた結衣が、開口一番、満面の笑みで爆弾を投下してきた。声が大きい。周りのクラスメイトが何人かこちらを見た気がする。


「で、デートじゃねえ! 勉強会だって言っただろ!」


俺は慌てて小声で訂正する。


「はいはい。それで? 進展は? 手とか繋いじゃった?」


「繋ぐか! 普通に……いや、普通じゃなかったけど……勉強してただけだよ」


「ふーん? なーんか、歯切れ悪いねえ」


結衣は疑うような目で俺を見て、机の上の消しゴムに気づいた。


「ん? なにこれ、可愛い! ……って、え? もしかして会長の?」


「……まあな。昨日、忘れていったんだよ」


「うっそ! まじで!? あの会長がこんなファンシーなのを!? 超ウケるんですけど!」


結衣は腹を抱えて笑い出しそうになるのを必死で堪えている。失礼なやつだ。


「で? それ、健司が返すの?」


ニヤニヤしながら結衣が聞いてくる。


「……当たり前だろ。持ち主のとこに返すのが筋だ」


「ふーん。ま、せいぜい頑張ってね? またパニック起こされないように!」


結衣は完全に面白がっている。こいつに相談したのが間違いだったか……いや、してないけど。


一日中、俺は消しゴムを返すタイミングを伺っていた。しかし、会長は常に友人たちに囲まれているか、あるいは生徒会の仕事で忙しそうにしており、なかなか隙がない。

しかも、昨日の一件でさらに警戒されているのか、俺の視線を感じるとサッと逸らされてしまう。


(これは、難易度高いぞ……)


諦めかけていた放課後、ホームルームが終わって皆が帰り始める中、ついにチャンスが訪れた。会長が一人で席に座り、黙々とノートを整理している。友人は先に帰ったようだ。


(……よし、今だ)


俺は深呼吸を一つして、会長の席へと向かった。心臓が、また少しうるさく鳴り始める。


「に、西村会長」


俺が声をかけると、会長の肩がビクッと跳ねた。ゆっくりと顔を上げる。その顔には「ま、またあなたですか!?」と書いてあるように見えた。


「あ、あのさ、これ……」


俺はポケットから例の猫付き消しゴムを取り出し、彼女の机の上にそっと置いた。


「昨日、図書館に忘れてた」


会長は、机の上の消しゴムを見て、一瞬、息を呑んだ。そして、次の瞬間、顔がカアッと赤くなるのが分かった。昨日よりも赤いかもしれない。


「あ……わ、わた……」


彼女は何か言いかけたが、すぐに口ごもり、俯いてしまう。そして、信じられないくらい素早い動きで消しゴムを掴むと、そのまま鞄の奥へと突っ込んだ。まるで、やましい物でも隠すかのように。


「……ど、どうも……」


蚊の鳴くような声でそれだけ言うと、会長はバッと立ち上がり、またしても俺に背を向けて、足早に教室を出て行ってしまった。

昨日と同じ逃走劇である。


「…………」


俺は、あっけにとられて、その場に立ち尽くすしかなかった。


返せたのは良かったが、あの反応は何だ?


そんなに知られたくない消しゴムだったのか?


猫が可愛いから?


「……ぷぷっ。会長、あの猫の消しゴム、相当恥ずかしかったみたいだね」


いつの間にか背後に立っていた結衣が、笑いを堪えながら言った。


「……見てたのかよ」


「まあねー。しかし、あの慌てっぷり。完璧生徒会長も、形無しだねえ」


結衣は楽しそうだが、俺の心境は複雑だった。


確かに、会長のポンコツっぷりは相変わらずだ。でも、あの慌てて消しゴムを隠す姿は、なんだか、完璧な仮面の下にある、普通の女の子の部分を覗き見たような気がして……。


昨日の一瞬の笑顔を思い出す。


(西村会長って、本当はどんな奴なんだ……?)


謎は、深まるばかりだった。

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