第40話
アトリエシノハラ 東京本社
翌日、菜々美は東京へと戻った。新幹線の車窓から見える景色は、昨日見た故郷の風景とは全く異なり、高層ビル群が空を覆うようにそびえ立っていた。菜々美は、改めて、自分が東京という巨大な舞台で、戦っているのだと感じた。
アトリエシノハラの本社ビルに到着し、社長室へと向かう。デスクには、昨日のうちに目を通しておくように指示した書類が山積みにされていた。
「社長、お帰りなさいませ」
高井まどかは、いつものように、テキパキと仕事をこなしていた。
「おはよう、高井さん。早速だけど、例の件、どうなった?」
菜々美は、ジャケットを脱ぎながら尋ねた。
高井まどかは、無駄のない動きで、菜々美にコーヒーを淹れ、書類を手渡した。
「はい、高橋香織さんの件ですが、現在、都内の小さなデザイン会社で、契約社員として働いているようです。以前は、大手広告代理店に在籍していたようですが、数年前に退職したとのことです」
高井まどかは、淡々と報告した。
菜々美は、渡された書類に目を通した。高橋香織の顔写真が印刷された履歴書や、現在の勤務先の情報が記載されていた。
「大手広告代理店を退職……何かあったのかしら?」
菜々美は、呟いた。
「詳しい理由は分かりませんが、社内でのトラブルが原因だったという情報があります。また、現在勤務しているデザイン会社でも、あまり評判は良くないようです」
高井まどかは、付け加えた。
菜々美は、顎に手を当て、考え込んだ。大手広告代理店を退職し、現在は小さなデザイン会社で契約社員として働いている。以前の栄光からは程遠い、落ちぶれた姿だ。
「……もしかしたら、私が何か手を下さなくても、彼女は、既に不幸になっているのかもしれない」
菜々美は、そう思った。
しかし、あの時の屈辱と怒りは、そう簡単に消えるものではなかった。高橋香織が苦しんでいると知っても、心の奥底では、まだ、復讐を望む声が聞こえてくる。
「社長、何か気になる点でも?」
高井まどかは、菜々美の様子を窺うように尋ねた。
「……高井さん。高橋香織の、直近の仕事ぶりや、人間関係、私生活など、さらに詳しく調べて頂戴」
菜々美は、高井まどかに指示した。
「承知いたしました」
高井まどかは、すぐに調査を開始した。
菜々美は、社長室の窓から、東京の街並みを見下ろした。高層ビルが林立し、人々が忙しなく行き交う光景は、まるで、巨大な蟻塚のようだった。その蟻塚の中で、高橋香織は、一体どんな生活を送っているのだろうか。
菜々美は、深く息を吸い込んだ。復讐の炎は、まだ、完全に消えてはいない。しかし、その炎を、理性でコントロールしようと努めた。アトリエシノハラの社長として、彼女は、過去の憎しみに囚われるのではなく、未来を見据えて、進んでいかなければならない。
「……高橋香織。一体、私は、あなたに、何を求めているのだろうか」
菜々美は、自問自答した。答えは、まだ見つからない。
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