第41話


アトリエシノハラ 本社 受付


数日後、アトリエシノハラの受付は、いつものように静かで、洗練された雰囲気に包まれていた。しかし、その空気を切り裂くように、一人の女性が現れた。


「あの、本日アポをとっています、高橋香織と申します」


受付嬢は、顔を上げた。目の前に立っていたのは、派手なメイクと、ブランド物のアクセサリーを身に着けた、一際目立つ女性だった。


高橋香織。


菜々美が、長い間、その動向を注視してきた人物だ。受付嬢は、マニュアル通りの笑顔を浮かべながら、パソコンを操作した。


「高橋様、お待ちしておりました。片岡社長がお待ちです。こちらへどうぞ」


受付嬢は、丁寧に高橋香織を案内し、エレベーターホールへと誘導した。


エレベーターの中で、高橋香織は、緊張した面持ちで、身だしなみを整えていた。かつて大手広告代理店で、華々しいキャリアを築いていた彼女にとって、アトリエシノハラは、再び輝きを取り戻すための、最後のチャンスかもしれない。


エレベーターが最上階に到着し、扉が開いた。高橋香織は、深呼吸をして、アトリエシノハラの社長室へと足を踏み入れた。


社長室は、広々としており、一面ガラス張りになっていた。東京の街並みを一望できる、素晴らしい眺望だ。しかし、高橋香織の目に飛び込んできたのは、景色ではなく、社長席に座っている、一人の女性だった。


片岡菜々美。


数年前まで、派遣社員として、自分の下で働いていた女。


高橋香織は、信じられないといった表情で、菜々美を見つめた。


「……片岡さん?」


高橋香織は、戸惑いを隠せない声で、菜々美の名前を呼んだ。


菜々美は、ゆっくりと顔を上げ、高橋香織に微笑みかけた。その笑顔は、美しいが、どこか冷たく、高橋香織の背筋を凍らせた。


「高橋さん、よく来て下さいました。どうぞ、お座りください」


菜々美は、落ち着いた口調で言った。


高橋香織は、言われるがままに、椅子に腰掛けた。頭の中は、混乱していた。なぜ、片岡菜々美が、アトリエシノハラの社長をしているのか。そして、なぜ、自分が、その面接を受けているのか。


「今日は、お忙しい中、面接にお越しいただき、ありがとうございます」


菜々美は、事務的な口調で言った。


「……あの、片岡さんが、アトリエシノハラの社長だったなんて……」


高橋香織は、驚きを隠せない様子で言った。


「ええ、そうなの。私が、このアトリエシノハラの社長を務めています」


菜々美は、誇らしげに言った。


高橋香織は、菜々美の言葉に、さらに衝撃を受けた。数年前まで、自分に頭を下げていた派遣社員が、今や、自分の人生を左右する立場にいる。


「……まさか、こんなことになるなんて……」


高橋香織は、呆然と呟いた。


菜々美は、高橋香織の様子を、冷静に見つめていた。彼女の動揺と狼狽は、菜々美の復讐心を、静かに刺激した。


「高橋さん、今日は、あなたのこれまでのキャリアや、アトリエシノハラで、どんな仕事がしたいのか、お話を聞かせて頂ければと思います」


菜々美は、そう言うと、高橋香織に、面接を始めた。


高橋香織は、必死に自分のスキルや経験をアピールしたが、菜々美の表情は、常に冷静で、感情を読み取ることができなかった。


面接が終わると、菜々美は、高橋香織に、こう告げた。


「本日は、ありがとうございました。採用の結果は、後日、改めてご連絡いたします」


高橋香織は、不安そうな表情で、社長室を後にした。


菜々美は、高橋香織が出て行った後も、しばらくの間、椅子に座ったまま、動かなかった。彼女の心には、復讐の炎が、静かに燃え続けていた。

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