第22話


(菜々美がロビーのソファで静かに待っている場面)


先ほどのこずえシノハラの登場で、ロビーはまだざわついていた。菜々美は、周囲の喧騒を気にしないように、資料に目を落としていた。しかし、集中しようとすればするほど、ざわめきが耳について離れない。


その時、けたたましい音と共に、館内アナウンスが響き渡った。


「皆様にお知らせいたします。本日、7SEEDS貿易センタービルに、デザイナーの片岡菜々美先生がいらっしゃっております。」


アナウンスが流れた瞬間、ロビーは静まり返った。誰もが、何が起こったのか理解できないという表情をしていた。菜々美自身も、驚きを隠せない。




(え?私?何かの間違いよね…。)


菜々美がそう思ったのも束の間、ロビーは再び騒然となった。


「片岡菜々美先生って誰だ?」


「有名なデザイナーなのか?」


「こずえシノハラとは別の人?!」


人々は、菜々美の方を好奇の目で見ていた。菜々美は、視線に耐えきれず、顔を赤らめた。




(どうしよう…。一体、何が起こっているの?早く訂正して!)


菜々美がそう願った次の瞬間、再び館内アナウンスが流れた。


「先ほどのアナウンスは誤りでした。正しくは、デザイナーのこずえシノハラ先生がいらっしゃっております。皆様にはご迷惑をおかけいたしましたことを深くお詫び申し上げます。」


訂正のアナウンスが流れると、ロビーは爆笑に包まれた。先ほどの静寂が嘘のように、笑い声が響き渡る。人々は、今回の珍事を面白おかしく語り合っていた。




(ああ…、最悪だ。恥ずかしい…。)


菜々美は、顔を真っ赤にして、俯いた。彼女は、今回の騒動で、すっかり自信を失ってしまった。


受付のひとみと直美は、顔を見合わせ、声を上げて大爆笑していた。


「ぷっ!片岡菜々美先生だって!(笑)」直美は笑い転げながら、涙を拭う。


「ほんと、また高井さんのドジっ子ぶりが炸裂したわね!(笑)ある意味、持ってるわ、あの人!」ひとみも笑いが止まらない。


「でも、片岡さん、かわいそう…。完全に巻き込まれちゃってるじゃん。(笑)」直美は少し同情したように呟いた。


「まあ、これも何かの縁よ。今回の騒動で、片岡さんの名前も少しは広まったかもしれないし。(笑)」ひとみは、楽観的に笑った。


二人の笑い声は、先ほどよりもさらに大きくなり、ロビー全体に響き渡っていた。菜々美は、ますます顔を赤らめ、恥ずかしそうに俯いていた。


(菜々美の心境)


(もう、最悪…。こんな状況で、面会なんてできるわけないわ…。)


菜々美は、今日の面会を諦めようかと思った。しかし、彼女は、深呼吸をして、気持ちを切り替えた。


(菜々美の決意)


(ダメだ。こんなことで諦めるわけにはいかない。私は、自分の夢を叶えるために、ここまで来たんだから。)


菜々美は、顔を上げ、前を向いた。彼女の瞳には、先ほどまでの弱気な表情は消え、強い決意が宿っていた。


その時、受付のひとみが、菜々美に向かって声をかけた。


「片岡様、大変お待たせいたしました。担当の者が参りましたので、こちらへどうぞ。」


菜々美は、静かに頷き、立ち上がった。彼女は、今回の騒動を乗り越え、自分の力を最大限に発揮することを誓った。



(こずえシノハラが菜々美に微笑みかけた場面から)


こずえシノハラの言葉に、菜々美は戸惑いながらも、精一杯の笑顔で答えた。「は、はい!もちろんです!私でよろしければ…!」


ロビーの人々は、二人の会話に釘付けになっていた。誰もが、これから何が起こるのか、息をのんで見守っている。


こずえシノハラは、菜々美の緊張をほぐすように、優しく微笑んだ。その表情は、先ほどまでのクールな雰囲気とは異なり、親しみやすさに満ちていた。


「先ほどのアナウンス、間違えだったみたいだけど、良い宣伝になっているじゃない?お名前を憶えてもらえたんだから。」


こずえシノハラは、冗談めかしてそう言うと、再び微笑んだ。その言葉に、菜々美は、少しだけ肩の力が抜けた。


「あ!はい!ありがとうございます…!」


菜々美は、慌てて頭を下げた。彼女は、こずえシノハラの言葉を、社交辞令だと受け取っていた。まさか、本当に宣伝になっているとは思えなかった。


(菜々美の心境)


(宣伝…?そんなこと、ありえないわ。ただの誤報なんだから…。でも、こずえシノハラさんが、そう言ってくれるなら…。)


菜々美は、複雑な気持ちだった。彼女は、今回の騒動で、恥ずかしい思いをしただけでなく、面会への集中力も失ってしまった。しかし、こずえシノハラの言葉を聞いて、少しだけ前向きな気持ちになれた。


こずえシノハラは、菜々美の表情をじっと見つめると、さらに言葉を続けた。


「ねえ、少し時間あるかしら?もしよかったら、私のオフィスでお話しない?あなたのデザイン、少し興味があるの。」


その言葉に、菜々美は、完全に言葉を失った。


(菜々美の心境)


(え…?私のデザインに興味がある?こずえシノハラさんが、私のデザインに…!?)


菜々美は、信じられない気持ちで、こずえシノハラの顔を見つめた。彼女は、自分が今、夢の中にいるのではないかと錯覚した。


ロビーの人々は、こずえシノハラの言葉に、さらに興奮した。彼らは、これから何が起こるのか、期待に胸を膨らませていた。


受付のひとみと直美は、顔を見合わせ、大喜びした。


「きゃー!すごい!こずえシノハラさんが、片岡さんのデザインに興味を持ったって!(笑)」直美は、興奮して飛び跳ねた。


「ほんと、今回の騒動、無駄じゃなかったわね!(笑)片岡さん、チャンスを掴んだわ!」ひとみも、目を輝かせた。


こずえシノハラは、菜々美に優しく微笑みかけ、促した。


「どうかしら?少しだけ、お話してみない?」


菜々美は、深呼吸をして、決意を固めた。


「はい!ぜひ、お話させてください!」


菜々美は、こずえシノハラの申し出を、喜んで受け入れた。彼女は、このチャンスを逃すわけにはいかないと思った。


こずえシノハラは、菜々美の手を取り、微笑んだ。


「それじゃ、行きましょうか。」


こずえシノハラと菜々美は、二人並んで、エレベーターホールへと歩き始めた。ロビーの人々は、拍手と歓声で二人を送り出した。


菜々美は、夢のような気分だった。彼女は、自分が今、人生のターニングポイントに立っていることを感じていた。


7SEEDS貿易センタービルのロビーは、興奮と熱気に包まれていた。そして、片岡菜々美という名も、多くの人々の記憶に刻まれた。彼女は、今回の騒動をきっかけに、新たな道を歩み始めることになったのだ。

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