第30話 実質初夜なのでは?
食事も終わり、お母様への手紙(お礼状)を書き上げた。送ってもらうようにミアに託けたし、後は寝るだけ。
と考えた時、ふと思った。
王都からの長旅の間は別室だったし、何より移動で疲れ果てて速攻で寝入ってしまっていた。
けれど、今日は夫婦での初めての領主館。
と言う事は…?今日って実質初夜というものなのでは??
一応寝室は個人の物もあって別れて眠ることも出来るとはいえ、アレックス様は共用のお部屋にはいつでも来い(意訳している)とおっしゃったし、少なくとも夫婦のお部屋で待ってみるべきなのかしら。
え、でもアレックス様にはそのおつもりは無くって、そのままご自分のお部屋でお眠りになっていたら、私、一人で悲しい子だなってならない?それって、いそいそと凄く期待して待ってるみたいで、めちゃくちゃ痛々しくは無い??
葛藤がすごい。
とはいえ、このまま行かずにいて、仮にアレックス様がお待ちになっていたとしたら、「…やはり俺などと共寝など、恐ろしくて無理だということなのだろうな…。」的な勘違いで、床に膝をついて天井を仰ぎ見てそうじゃない?
それはそれで見てみたくはあるけれど、私は推しを幸せにしたい派閥の女だから、誤解を招くような行為は厳禁。アレックス様には全力で愛を伝えていかねばならない。
——けれど、やっぱり私から行くのってかなりハードルが高い。
この世界ではなんだかんだで女性はお淑やかで控えめが主流なんだし、そこで私からグイグイ行き過ぎてると凄く変態チックに見えそうじゃない?
私からすると、女性が多少積極性を出したって、それはそれで良いと思うんだけど。
アレックス様はこの世界生まれこの世界育ちなんだから、女性はそういう物だと認識しているはずなのだし。
そうよね、……様子を、みましょう。
流れに身を任せるのよ、ソレイユ。
この後どう誘導されるのか…周囲の意思に身を任せるの。
アレックス様にそのおつもりがあるなら、家令に…ええと、確かイーサンだったかしら、彼にでも指示を出しているはず。きっと呼ばれるか、自然な形で誘導されるはずだわ。
呼ばれなかった場合には…後でこっそりお部屋を覗いて確認すればいいわ。
そうよ! …なるようにしかならないわ!
*****
一通りの書類も捌き、今日はもう休めるなと人心地ついた時、扉の外で侍女と話していたイーサンが戻ってきた。
何やらハプニングがあったらしい。
「申し訳ございません、アレックス坊ちゃん。
ソフィアが掃除中腰をやってしまい、坊ちゃんのベッドに灰をぶちまけてしまったもので。
本日の所は夫婦用のお部屋でお過ごしください。」
「何だと?ソフィアは大丈夫なのか?」
「ぎっくり腰のようですな。大丈夫、医師に診せた後、ゆっくり横になっておりますので…。」
「そうか、安静にするよう伝えておいてくれ。
…それにしても、他の部屋は使えないか?
真隣で俺の気配がすると、ソレイユも落ち着かんのでは。
眠れんやも知れんし…。」
「大丈夫でしょう、若奥様は。普通の奥方は隣の部屋の気配など察知しませんで、何より本日の若奥様はどちらにせよお眠りになるとは——…、」
トントン、とノックの音と共に、ソレイユに付けたはずの侍女の声が入室を告げる。
「失礼致します、旦那様。
若奥様のお支度、万事抜かりなく整いました。」
驚き過ぎて侍女の方を見ると、その後ろに頬を染めた状態のソレイユが、落ち着かない様子で佇んでいた。
「なん…!??ッおい、お前達、まさか…!!」
「それでは我々は失礼致します。良い一日をお過ごしくださいませ。」
皆それなりに加齢のはずが、年齢を思わせない程の敏捷性と速度で部屋を出て行ってしまった。
二人で部屋に残される。
「あ、あー、ああ、すまない。俺は今日同行というつもりではなく…慣れない場所に来て貴女が流石に疲れているんじゃいかと…ではなく。
俺付きの侍女が腰をやってしまって俺のベッドに灰をぶち撒けてしまい使えないのだと言われてだな…!」
物凄い勢いで言い訳を連ねていらっしゃる。
文章では通じない早口、とてもお可愛らしい。素晴らしい。
ここまで慌てられると、私は逆にめちゃくちゃ冷静になってきた。
ふむふむ?成る程…?
「使用人達に上手く誘導されてらっしゃったのですわね?」
「——ゴホン、悪い奴らでは無いのだ。
気の使い方が少しアレなだけで…恐らく俺を想っての事だろうから。」
「ふ、…うふふふっ、想ったより強かで面白い方々だと理解しました。
わたくし、彼らと仲良くなれそうな気がしますわ。」
「そう言ってもらえて安心した。
……折角だ、今日は二人で、ここで…二人の部屋で体を休めたいと思うが。
貴女はどうだろうか?」
「まぁ、嬉しいです。では、ご一緒させていただけますか?」
「ああ。俺たちは既に夫婦な訳だし…。
とはいえ、やはり今日の事は急すぎて、貴女も心の準備が整ってはいない事と思う。
俺としても、二人で暫く心を通わせ合って、貴女の覚悟が決まった時に、良ければその…、」
(心の準備、私よりむしろ、アレックス様の方が整える時間が欲しいのかしら。けれど、そうは行かないわ。こういうものって一度機会を逃すとタイミングを見失って駄目になったりするのよね。)
すれ違いだとかあったら嫌だし、いつ何時急な出動があるかも分からない辺境のこの地で、正直言ってアレックス様の繊細なお心には申し訳無いけれど、準備が整うまで待ってなどやらないのだ。
ここまで来たなら、覚悟を決める!
「わたくしの心を慮っての事、お気遣い感謝しております。
けれど、わたくし、覚悟を決めてこちらに参りましたから…、わたくしの事を想ってくださるのであれば、これから、…わたくしに、お情けをいただけませんか?」
はっきり言って心臓が痛い。緊張感でとんでもない鼓動。
でもアレックス様は——押しに弱いと知っている。
「ソレイユ…、その、大丈夫なのだろうか…。
そういう事を、するのだぞ?裸になって、何も隔てる物のない状態で、二人…素肌で触れ合うのだ。
呪われたこの俺に、あらゆる場所に触れられたり…。それでも、平気だと?」
「そうして下さい、といえば、そうして下さいますか…?」
小さく震えるアレックス様の大きな手の平を掬い上げて、私の頬に添える。
この懇願と、熱い温度は伝わっただろうか。
アレックス様のゴクリという息を呑む音が聞こえる。
「…貴女が嫌でないのならば。
俺は、このまま、共に過ごしたいと思う。」
ゆっくりアレックス様の綺麗なお顔が近づいてくる。
ああ、キスされるのだわ、と思った直後に、私は存外性急にベッドへと身を沈めることとなった。
ところでアレックス様のあの2枚の翼ってどうなってるのかしら。
横になったりする時畳んでるのかしら。
朝になったら、こっそり確認しないといけないわ…。
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