第29話 主人公だったはずの少女の憤激と侍女の軋轢
《コレット付き侍女視点》
「どうしてドレール様からの連絡が来ないの?!
もう何通も手紙を送ってるのに、ひとつも返事が返ってこないじゃない!」
晴れ渡った空に合わぬヒステリックな声が、廊下に響きわたる。
ここ、シェリー男爵家の一人娘、コレット・シェリーお嬢様の声だ。
お嬢様は近頃はずっとこうして叫んでいらっしゃる。以前はずっとご機嫌で、公爵夫人になるのだと大層浮かれておいでだったのに。
最近では毎日五通も手紙を書いて、それをドレール公爵令息に送りつけるのが日課となって、もう一ヶ月ほどになる。
初めの頃は「やっぱりソレイユが嫌がって破棄に応じないのかしら」「賠償金を釣り上げるつもりで渋っているのかも」と繰り返していたのに、王家からの正式な通達で「ソレイユ嬢は既に侯爵家に輿入れした」と聞いてからは、こうしてヒステリックに喚き散らす様になった。
既に破棄は行われ、正式に輿入れなさったそうだから、ソレイユ嬢が応じないのだとは言えなくなり、目を背けたかった現実を見ざるを得なくなったと言うことなのだろう。
コレットお嬢様の出した手紙は全て、一応きちんとあちらの執事に直接お渡ししている。あちらのお家的にも、捨てずに中身を確認しておきたいと言うことなのだと判断している。何かの時には証拠にもなる物だから。現に、ソレイユ嬢はそうやって証拠を残していたからこそ今度の件で無実を証明できたのだと聞いた。
私としてもソレイユ嬢を見習って、証拠を残すよう心がけるようになった。お嬢様の手紙をお届けする際、受け取りのサインを頂く様にしたのだ。ちゃんと届けなかったと言いがかりをつけられて、後で私のせいにされても困るから。
※※※※
「それで。コレットの様子はどうだった?
今日もまた、何も変わらないか?」
コレットお嬢様の父君で私たち使用人の雇い主である、この家の主人。
シェリー男爵様がこうして私に様子をお尋ねになる様になるのも、ここ最近ではいつもの事になってしまった。
「お変わりありません。
本日の分のお手紙もお預かりしておりますので、この後すぐにお届けに上がろうと思います。」
「そうか…。あの子もなぁ、薄々気がついているんだとは思うんだが。
あちらのドレール殿には、恐らく手紙は届いていないだろう。
途中で家令や侍従が差し止めるに違いない。
…正直いって、仮に私があちらの家の人間であっても同じ事をすると思うよ。それが当たり前の行動だ。
コレットの事は可愛いよ。私の娘なのだから、当然だ。
だが、今回の事に関しては…ドレール殿一人のせいにする訳ではないが、二人ともあまりに常識がなさすぎた。
にも関わらず、びっくりするくらいの行動力だな。それだけは、一人前以上と言ってもいい。」
項垂れた男爵様に寄り添う奥様が、泣きそうながらも穏やかに微笑み、男爵様を支えるように背中に手を添えてらっしゃる。
「そう落ち込まないでくださいな、あなた。
あちらの…ローズブレイド伯爵家からは一般的な慰謝料請求以外には来てはいないのでしょう?
下位貴族のわたくし達にはそれでも少し厳しいですけれど、払えない額ではないのですもの。
…本当に、ローズブレイドのご令嬢がお優しい方でよかったわ。」
「ああ、本当に。」
微笑みあうご夫妻。
今度のことで良かった点があるとするならば、このことくらいだと思う。
このお二人は、これまでは今のように寄り添い支えあう様なことはしなかった。
今回の騒ぎで話し合うことでお互いを見つめ直し、二人で並び立つ事にしたのだそう。
貴族家は大抵がこうした家同士の政略結婚だから、思うところがあってギスギスしたり分厚い壁があったりと、問題こそ起こさないものの、仲は今一つ、と言うことが多いけれど。
一つの大きな事件の解決に向けて、共に立ち向かっていくというのが仲を深めるきっかけになったに違いない。
「あの後、無事に輿入れが決まったからと言うことでの温情だ。だが…決まったから良い、と言うものでもないだろうに…。ハッキリ言って、こちらとしては助かったと言う以外にないが、婚姻が決まったと言ってもあのフォーサイス侯爵。
今まで誰もが逃げ出したと言われている吸血侯爵だぞ。
…私が彼女の親なら、いくら相手が高位貴族、しかも辺境伯だとは言え、そこまで思い切れたかどうか。
いくら王命での輿入れだとしても、逃がしてやりたいと思うのが親心というものじゃないか。
…まして、コレットがドレール殿を奪うような事さえしなければ、彼女はそのままドレール殿と結婚していただろう。フォーサイス侯爵のところへ輿入れする必要もなかったのかと思うとな…。
同じ親として、ローズブレイド伯には申し訳ないという気持ちしかないよ。」
「そう…ですわね。
せめて、ということではありませんけれど、ローズブレイド嬢に何かあった時には、わたくしは誠実に対応すると誓いますわ。
わたくし達に出来ることは、そのくらいでしょうから…。」
「そうしよう。では、そう記した書状を送ろうか。
出来るだけ誠意ある丁寧な書状にしたいんだ。書くのを手伝ってくれるかい?」
「ええ、ええ、わたくしでよろしければ。」
お二人手を取り合って、廊下の奥へと歩き出した。
きっと執務室にお籠りになるのだろう。
お二人を見送った後、私も外出の準備のために歩き出した。
「さて、お嬢様の手紙を届けにいかなくちゃ。
どうせ読んでも貰えない手紙なんて、届けても何の意味があるのやらって思っちゃうけど。…まぁ、これもお仕事だものね。」
・
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「あのお手紙、ドレール様に届いていない…?
あんなに毎日届けたって言ってたじゃない…お父様もお母様もそれを分かっていたのに、私には教えてくださらなかったの…?
だとすれば、どうしたらいいの。お二人も、侍女達も私の邪魔をしているのだわ。
どうしたらドレール様と会えるかしら…。
——…それに、ソレイユのやつ、怒ってなさそうって事は、やっぱりあいつ、ドレール様のこと、どうでもいいってことでしょ?要らないものを私が拾っただけって事なのに、なんで私が悪く言われなくちゃならないのよ…!」
誰も見ていない柱の陰で、私はそう一人ごちた。
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