第8話 安否不明

 止血処置をした後、旦那サマは生き残った侵入者である男へと襲い掛かった。

 旦那サマと生き残りの侵入者、両者の戦闘は凄惨を極めた。


 男が鉈を振るい、旦那サマの節くれだった指が二本切り落とされる。

 旦那サマは切り落とされた指から流れ出た流血を男の顔めがけて振って飛ばす。


 血によって目潰しされた男は懐から何やら幾何学めいた紋様の入った石を取り出して地面に叩きつける。

 地面に投げられた石は閃光手榴弾めいて爆音と閃光を出し、旦那サマのせっかくの追撃の機会を潰す。


 互いに距離を取り、仕切り直す。


 旦那サマは至近からの爆音による平衡感覚の一時的喪失を、男は旦那サマの血液がべったりとついた顔を拭って視界の確保を、それぞれ戦闘続行可能となった両者は一定の距離を取ったまま動かない。


「戦闘は素人っすから何とも言えないすけど、怪我してる分旦那サマが不利っすかね……」


 私の為に戦ってくれているのは分かるが、旦那サマの傷ついた姿を見るのは嫌だ。

 もう戦わなくていいから、逃げて。そう言いたくなる。


 実際にはそのような事言わないが。

 旦那サマの奮闘を否定するような浅ましい発言は、例えそれが相手を慮る物であってもあってはならない。


 旦那サマはどうやら一旦引いて仕切り直すつもりらしく、横穴へと撤退するようだ。


「くっ……私が身重でなければ助けに行けたのに」


 数を増やす為に急務と考えたが、早まっただろうか。


 だがゲームのようにレベルがある訳でも無し、ポイントを稼いで何か強力な武器をと思ってもいずれジリ貧だろうし……。


「何すれば正解だったんすか、じゃあ……!」


 落ち着くんだ、私。過去を悔いても思い返しても今と未来が変わる事は無い。

 そんな物は平和なときにでもすればいい。


 画面を睨む事しか出来ない自分が恨めしい。


 男は旦那サマが消えた横穴を見る。

 そして頭上に煌めく光球を移動させて横穴にかざす。そしてその横穴が自身では通れないと分かると……手の平に火を生み出す。


 あれが魔法だろうか……私の持つスキル、再生能力の説明に魔力がとうたら、とあったので魔法もあるのだろうと思ったが……私の心中は初めて見る魔法への興奮も興味も無かった。


「やめて……だめだめだめ!そこはさっき旦那サマが入っていった……!」


 所詮映像で見ているに過ぎず、私の言葉がなんの意味も無いことは分かりきっている。

 それでも、私は言わずにはいられない。


 男は止まらず、手の平で産み出した火を横穴へと投げ入れる。


 火はその小ささからは想像も出来ぬ威力を秘めていたようで、地に触れた途端爆発した火は、横穴から僅かに漏れでる程に炎が吹き荒れ、中から聞いた事のない悲鳴が聞こえる。


「だ、旦那サマ……?う、嘘っすよね?わ、私置いていく訳ないっすよね……?」


 現実を認めたくなくて、そんな訳は無いと頭を抱える。


 死んではないはず……と思いたい。

 呆然とホログラム一杯に写った画面を見つめる。


 旦那サマは私の精神的な支柱だ。

 この誰を信用して誰を疑えばいいか分からない異世界で唯一無償かつ絶大な親愛でもって側にいてくれた彼の重要さを今更知ったように私の心は不安定になった。


 ひどい喪失感……まるで穴が空いたようだという表現を創作ではよく見るが、これがそうだと言うのだろうか。

 顔を両手で覆い、背を丸めて座り込む。


 旦那サマとの思い出、決して多くはない。されど決して薄くはない大切で濃厚な思い出の数々が脳裏によぎる。

 常に私の側にあり、言葉こそ話せなかったが明確に言語の概念を理解し寄り添ってくれた。


 あれ程までに傷ついて尚、逃走を選択せず闘争に臨んだ彼の忠誠を思うとより私の心に癒えぬ傷がつく感覚がする。


「ゆ、許さない……私の旦那サマを!!」


 死の受容における五段階に自身を置くのであれば、私は明確今怒っている、否その程度の表現では足りぬ。

 怨嗟、修羅……呼び名は様々なそれらで呼ぶに相応しい程に私の心が荒れていくのが分かる。


 怒りに任せて立ち上がろうとして……自身の身体が身重である事を思い出した。


「痛っ……!あぁ、そうか。妊娠していたんだった」


 その時に私が感じた感情はと問われれば、間違いなく外道の類だったと断言できる。


 自身の身体に宿る命に私は、旦那サマとの確かな繋がりであり私達が夫婦であるという事実ではなく、使。と思ったのだ。


 私は残り少ないポイントを使いナイフを購入し、懐にしっかりと隠すと、このダンジョン最奥の、更に隅に座り込んだ。





 旦那サマを殺した……かもしれない男を待つこと数十分、男が姿を表した。


 男は人間である私がまさかダンジョンの最奥にいるとは思わなかったのかかなり驚いた様子だった。


 そして私のお腹に視線をやり、妊娠している事に気付くと憐憫と憤怒の混じる表情を浮かべた。

 男は私に慌てて近付き、座り込んだ私と視線を合わせるようにしゃがんだ。


「ちくしょう、おいおいアンタ!大丈夫か!?もう大丈夫だ、助けに来た」


 内心の嘲笑は表に出さず、私は何も反応せずなるたけ伽藍堂で硝子玉のように生気の抜けた瞳を演出しながら男をぼう、と眺めた。


 恐らく、というかほぼ狙い通りだと思っていいだろう。

 男はどこぞの異世界モノの同人誌よろしく魔物に慰みものにされた哀れな被害者だと思っているのだ。


 私が使える、と思ったのは自身のこの妊娠しているという状態のことだ。

 旦那サマとの愛の交換の結果をこのように扱うのは私としても嫌だが、私にとってはこの目の前の男をなんとしてもこの手で殺してやる、という事のほうが重要だ。


「た、立てるか……アンタ。ああくそっ、心が壊れちまってるのか?仕方ねぇ、相棒が生きてくれてたらこういう時上手く……」


 男は私が何の反応も返さず、人形のようにだらり、としているのを見て独り言を呟く。


 まぁ心が壊れているのはそうだ。

 なにせ大切な旦那サマの安否が未だわからず、その原因が目の前にいるのだ。


 そりゃあ悲しみと怒りで心も壊れる。

 きっと男が疑いもせず私の演技を信じたのもそういう部分があるのだろう。

 嘘も真実旦那サマの安否不明を混ぜれば嘘とバレにくい、そういう事だろう。


 男がなにやら話している、どうにも心の比重が旦那サマを喪ったかもしれないという悲しみに傾いているせいか、あまり気にならない。


「とりあえず、外に運ばなきゃならねぇ。すまんが、抱えるぞ?」


 男の腕が私の脇の下を通り、背中へ回る。


 全身に寒気が走る。ぞわり、と愛すべき我が家で不快害虫を見つけた時のような不快感、それを何倍にもしたような吐き気すら覚えるそれが身体を襲う。


 旦那サマだけの私の身体に触れるな!!


 抱えられた関係状、男のうなじがよく見える。

 米俵を担ぐかのように担がれた私は懐にしまったナイフを勢いよくそのうなじ目掛けて振り下ろす。


 突き刺さり、そして抜く。血がべたり、ぬるりと返り血となって私を汚す。

 怒りと恨みに任せた一撃が良かったのか、あるいはポイントによって購入したナイフの切れ味がいいのか、あるいは全く別の何かか……男は糸の切れた人形、そう形容するのが相応しい程にばたりと倒れる。


 抱えられていた関係状私も巻き込まれて地面に落ちるが、幸い背中から落ちたからかスキル完璧且つ最適な母体のおかげか、とにかく無事だった。

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