第7話 苦戦
旦那サマの言わんとしている事を理解するのはやはり難しい。
いくら旦那サマが人間である私と同等、あるいはそれ以上に賢くともジェスチャーだけで意思を伝えるのは困難を極める。
都合数回に渡る旦那サマとのコミュニケーションの結果、旦那サマの言わんとしている事は……
「えっと……自分の口から言うのってすごいアレなんすけど、ひょっとして……私がいるから別に同種族いなくてもいい、って事スか?」
ああもう、例え旦那サマの言葉を代弁している形だったとしてもこんな台詞は私に似合わない……!
無性に恥ずかしい気持ちになったのは果たして慣れぬ単語や台詞から来る羞恥か、はたまた旦那サマの隠す事のないストレートな愛情を受けての事か。
心做しか上がった気がする体温を誤魔化すようにそっぽを向いて手で顔を扇ぐ。
「えっと、その……ありがとうっす。ま、まったくもう〜、旦那サマってば私の事大好きすぎじゃないっすか〜?」
私としてはなんとか茶化してこっちから揶揄ってやろうと言う魂胆での発言だったのだが……迷う事なく旦那サマは頷いて肯定して来た。
「うぅ……もういいっす。分かったっすから……」
どうにも旦那サマは天然、それか素直すぎる所があるように思う。
あんなに正直に、それも即答されては強烈なカウンターを喰らったようなモノだ。
旦那サマに熟れた林檎の様に可愛らしくなってしまった顔を見られたくなくて降参とアピールする。
暫く他愛の無い話ばかりしていた私達だが、そんな時間に水を差す物があった。
二週間前のあの時の様にホログラムにお知らせを告げるベルマークが。
「旦那サマのその反応、またこの前みたいに侵入者が来たんスね?」
通知欄を見てもそう書かれているし、なんなら旦那サマは侵入者アリとの通知よりも先にじっと入り口へと続く道に視線を向けていた。
旦那サマがこちらを見つめる。
最初に私の顔を、そして次にその視線を私の妊娠して大きくなったお腹を見た旦那サマは、さっと身体の向きを入り口へと向けて行ってしまった。
私が行ってらっしゃい、と告げる暇も無く侵入者の対処に行ってしまった……と少しばかりの寂しさを覚えるも、今の私では満足に速度でもって旦那サマに追いつく事すらできない。
「聞こえてないと思うっすけど、気をつけてくださいねー……」
何も言わないのも変か、とせめて無事を祈って小さく呟く。
不謹慎ながら退屈だと感じざるを得ない時間の到来だと溜息と共にホログラムをなんとはなしに見れば、通知がもう一つ来ている事に気付いた。
それはどうやらダンジョン内であれば自由に映像が見れるという物らしい。
「お、いいっすねぇコレ。旦那サマの活躍がこれで見れるって事っすもんね」
今までホログラムに映っていたのはマップであってリアルタイムで何が起きている等は分からなかった。
だがこれがあればそうした事も無くなる。
一体何がきっかけでこの機能が追加されたのだろうか、考えれるのは侵入者の存在。
タイミング的にもそれで間違いないのだろうが、問題は意図だ。
まるで侵入者の来訪を歓迎するような、あるいはもっと侵入者が来る事を望んでいるかの如く……となればダンジョンマスターにさせられた本当の目的は?
「まるで、もっと侵入者が来たら色々ご褒美あげるよ。って餌吊って誘導しているみたいで気味悪いっすね。まぁ既に三人殺している時点で乗るしか無いだろうっすけど」
それにポイントは欲しいし必須だ。
現代で温室で育てられたお花ちゃんもかくやという程に軟弱な現代地球育ちの人間である私がポイント利用無しで外で生きていけるとは思えない。
「病気や寄生虫、伝染病とかちょーこわいっすから、ポイントに縋るしか無いっすもんね」
恨めしや現代人の軟弱さたるや……。
「ま、どうにもならん事は放っておくに限るっす。ダンジョンマスターになれって命令してきたあの神がどんな意図を持っていてたとしても私にはどうにもならんっすから」
そんな事より旦那サマの事だ。
ホログラムを切り替えればダンジョンの映像がそこに映る。
これは……旦那サマ用に作った細い穴だろうか。
暗く、狭いその穴は旦那サマの身体でギリギリ通るほどで、旦那サマはそこから通路を覗いているようだった。
映像を少し移動させ、旦那サマの見ている方向へと変えればそこには二人の人間がいた。
どちらも男であり、一人の頭には追従する様に眩く光る球体が浮いていた。
光球はどこもかしこも黒く暗い洞窟を、その凹凸までおも明瞭に区別できる程の光量で旦那サマの邪魔をしていた。
「あれじゃ奇襲の効果も薄いっすね。どうするっすか、旦那サマ」
旦那サマもそれは理解しているのか先程からじっと横穴から機会を伺い続けていた。
戦闘に参加していないのに私まで緊張しじっと画面を見つめる。
「っ!旦那サマが仕掛けたっ!」
このままでは埒が明かないと判断したのか、曲がり角を二人が曲がったタイミングで音もなくぬるり、と旦那サマが狭い横穴から這い出て二人へと突撃した。
私も追従するようにカメラの位置を動かす。
旦那サマの長く、そして鋭利な先端をもつ尻尾が人間の一人に襲いかかる。
奇襲は辛うじて成功し、一人のうなじから頭頂部に向かってまっすぐに槍の如く尻尾が突き刺さり、あっさりとその人生を終えた。
残り一人だ。私は思わずガッツポーズをしてダンナサマの奇襲成功を祝う。
「あ、危ないっす!」
残った一人は手練なのか、旦那サマにあろう事か反撃してきた。
刺した尻尾が肉片や骨等が絡みつき抜き辛いのか、手こずっている内に人間は旦那サマの尻尾を腰に差した鉈でもって切り落とした。
なんて事を、私の旦那サマにっ!
ああ、あんなにも血が出て……!
旦那サマは痛みに呻き、横穴に逃げる。
人間は暫くその穴を見つめていたが、いつまで経ってもその穴からは旦那サマが出てこないと判断したのかより奥へと向かって歩き出す。
すなわち、私がいる場所へと。
「まだ余裕はあるっすけど、いずれ最奥であるここに辿り着いちゃうっすねこれ。どうしましょう……」
ポイントの残高を確認し、私のような小娘でも扱えそうなナイフの値段に十分達しているのを見た。
もしここまで来たなら最悪私も戦わなくてはならない。
身重でどれだけ動けるかは分からないが、それでもだ。
「旦那サマはどうっなったすか……」
祈る気持ちで無事でいてくれと旦那サマのいる位置に画面の映像を変える。
旦那サマは切られた自身の尻尾を抱えて荒く呼吸を繰り返していた。
その痛ましい姿にこちらの胸も痛くなる錯覚を覚える。
旦那サマは暫くそのままで固まっていた。私がどうしたのだろう、と疑問に思い始めたその時、旦那サマは私ですら思いつかなかった方法で流れ続ける出血を止めた。
「うっわぁ……いや、たしかに血は止まるっすけど。そんな紐結ぶみたいに……」
長く細いその尻尾を掴んだ旦那サマは荒っぽくも器用に尻尾をぎゅっと自分で結んでしまった。
指や末端の出血の対処として圧迫したりする応急処置があるとは知識としてあるが、まさにそれと似たような事をやってのけたのだ。
先端から出ていた夥しい出血は今やとまり、時折痙攣するかのようにぴゅる、と血が出てくる程度にまで抑えられた。
旦那サマはゆるゆると頭を振って気合を入れ直したのか、ゆっくりとではあるが移動を開始した。
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