第6話 先の見えない今
表面上は平穏無事、けれど相も変わらず先行き等一切が暗闇な生活を続ける事二週間程が経過していた。
いくつか分かった事がある。
異世界テンプレモノの様々な物品の購入に使えるポイントは人間でなくとも、あらゆる生き物のダンジョン内での活動がポイントに繋がるらしい。
ポイントの効率は……死んでくれた方が遥かに稼ぎがいいが。
それと、私自身にも変化が起きた。
「よっと……ふぅ、身重ってキツイっすね。これ痛みに対して耐性がなかったら大分キツイっすね」
私は無事に旦那サマとの子を孕んだ。
そしてその子は順調に育っている……いっそ異常な速度で。
これもスキルの効果なのだろう。一般的な人間の妊娠期間を遥かに逸脱したこの状況を思うに、私の身体を試験管か何かのように生物を作る際の入れ物にしているのだと思う。
そしてダンジョンマスターやら私のスキルを鑑みるに、子宮内で育っているこの子に私の特徴や遺伝はほとんど、いやもしかしたら全く受け継がれないのだろうという予測もしている。
「弱っちい人間の特徴なんて取り込んだ所で弱体化にしかなんないスからね。手先の器用さとか知能がとかは分かんないスけど」
どこかの何かで聞いた覚えがある。人間とは武器をもって狭い室内、ここまでの条件が揃って猫と同格に戦えるんだとか。
ならば両者の遺伝子……夢の無い言い方をすれば設計図を参考に作る作品が子供だ。
旦那サマの遺伝子はともかく人間である私の遺伝子がダンジョンと言われる場所で有利に働くとは思えない。
「ふふ、君はいつ産まれて来るっスかねぇ〜」
痛みに対する耐性とか言うスキルのお蔭で身重であっても私は動きづらさ以外の不便さをあまり感じていない。
便利でご都合主義とも思わなくもないが、神によってダンジョンマスターにさせられ、孕み袋となれと言われたのだ。
向こうからすればどんどん産んで欲しいのだから、
なでり、と自身の膨れた腹とその奥に宿る生命を想って撫でれば、僅かな胎動となって返事が返ってくる。
「お、旦那サマ。今日もお疲れサマっす!どうでした、いつも通りでした?」
旦那サマと交わった時に使った安物のマットレスから立ち上がろうとして、旦那サマに止められる。
私を気遣ってくれているのだろう。それに大人しく従いつつ、ダンジョンの外で狩りを行っていた旦那サマの帰りを出迎える。
「いつも通りのウサギだとかの小動物だけで、人間の影は無さそうでした?ふんふん、なるほど……いつもありがとうっす」
ダンジョンの外に出るように旦那サマにお願いしたのには、二つほど理由がある。
一つは、ポイントが欲しいからだ。
ダンジョンで使用できるポイントの増加にはダンジョン内でのあらゆる活動、あるいは死亡が必要となる。
つまるところ、外から生け捕りしてきた生物をダンジョンで殺せばポイントになるのだ。
私達夫婦が生活する上でポイントは必要不可欠であり、身重となってしまった私は役に立てない。
故に情けなくも恥ずかしいが、旦那サマに外で稼いで来てもらっているのが現状だ。
「いやぁ〜私も早く出産して旦那サマの役に立ちたいんすけどね。ほんと、ごめんないっす」
ちょいちょい、と手招きして外で相当数の生物を生け捕りにしてはダンジョン内で殺し、疲れたであろう旦那サマの身体を丁寧に清めていく。
旦那サマは声帯が小さいのか、あるいは声を出すような喉の形状をしていないのか、蛇の威嚇音のようなしゃあ、と短く鋭い声を出して返事をする。
恐らくこれは肯定、あるいは大丈夫、問題無い等の好意的な返事……だと思う。
旦那サマとこの異世界にて暮らすようになって数週間も経つのだ、だいたいこう言う事を言いたいのだろうか、という見当はつく。
「あの人間三人を殺してはや二週間……なんの音沙汰も無いのは逆に不気味っすね」
二つ目の理由は人間達を警戒しての事だ。
ポイントついでに人間達がダンジョンを発見しないか、あるいは近くにいないかを警戒してもらっている。
「予想だとちらほら近くに人間がいてもおかしくないんですけどねぇ……旦那サマでも気付けない程に隠れるのが得意な奴でもいたんスかね?」
どれだけ孤独を気取っても人間一人では生きて行けず、必ずどこかの集団や組織に所属するものだ。
それは何者であっても変わらない。元より人間は群れる生き物なのだから。
故にあの三人の失踪の原因を探して誰か来る……と踏んでいるのだが、一向に動きがない。
旦那サマからの外の様子からして街や村からほどよく離れた場所であるらしいから、辺境なのだろうか……。
「別に同情や心配だとかいう理由じゃなくても、原因不明の失踪となれば脅威度の測定で普通調査の手が入るはずなんすけど……」
旦那サマのおかげで手に入った今日の
全てが杞憂で、私が思っているより人間達が他人の死や失踪に対して無関心であって欲しいと願うが、それは楽観視しすぎだろうし、あり得ない事だ。
私の知識、経験では思考をいかなる結果や形にも仕上げられない。
しかしだからと言って思考を止めるのは愚の骨頂……故に足りぬ頭をひねるのだが、疲れる。
そんな私の眉間によったシワを見ていたのだろう旦那サマがそっと私の背中に自身の長くしなやかな尻尾を添える。
僅かに肩にかかる力から推測するに「背もたれに使っていいから少し何も考えずに休め」といったところだろう。
「あ……。ふふ、はい。分かりました。少し休むっすね」
過度なストレスや悩みは母子共に悪影響だろうし、素直に従えばそれでいいと言わんばかりに旦那サマが頷く。
「ねね、旦那サマ。もっとこっち寄ってくださいよ」
娯楽の類など一切ないこの場では旦那サマとの交流を深めるくらいしかやる事がない為、リラックスも兼ねて旦那サマにもっと密着するように言う。
いやまぁ、ポイントを使えば漫画や小説の類などは買えるが……少なくとも今そのような物に使う余裕はない。
「はい、ありがとうございまっす。旦那サマの種族どれくらいの期間で妊娠と出産をするんスかね」
ふるふる、と首を振る旦那サマ。
「まぁ挿れる方ですから分かんないスよねぇ。というか旦那サマって今回の為に新しく作られた生き物とかじゃないっすよね?ちゃんと雌雄存在していて自然界にいるっすよね?」
次は首を傾げて小説や漫画でしか見ないような肩をすくめる様なジェスチャーをする旦那サマ。
まぁ人間って誰かに作られた存在なの?と聞かれてもはあ?だから旦那サマが首を傾げるのも無理からぬ事だし、馬鹿らしい質問だったと自覚する。
「ま、そうっすよね。分かんないすもんねそんなの。旦那サマは自分と同じ種族がいた方がいいっすよねやっぱり」
私としては当然そうかな、って質問をしたのだが旦那サマは暫く悩んだあとに首を振り、そして私を指差した。
「んー……違う?で、私を指したって事は……どういう事っすか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます