第22話「平安京の危機」
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影月との戦いから一ヶ月が過ぎた頃、平安京に奇妙な出来事が起き始めた。
最初は些細なことだった。市場で商人の品物が突然消えたり、同じ場所に二度現れたりする現象が報告された。やがて、時間がループしたように同じ出来事が繰り返される場所が現れ、人々の間に不安が広がっていった。
「これで三十件目だ」晴明は報告書を読みながら眉をひそめた。「朱雀門周辺で特に多いようだな」
「これらの現象、
「ああ」晴明も頷いた。「しかし、
「
「可能性は高い」晴明は立ち上がった。「現場を調査してみよう」
「私も行くわ」千鶴も立ち上がった。
「明花は?」晴明が尋ねた。
「
舞衣は晴明の屋敷に頻繁に訪れるようになっていた。彼女は明花をとても可愛がり、明花も舞衣になついていた。
舞衣が到着すると、千鶴は明花を彼女に託した。
「何かあったら、すぐに
「任せてください」舞衣は明花を抱き上げた。「
「ありがとう」千鶴は安心した表情を見せた。
晴明と千鶴は馬に乗り、最も異変が多く報告されている朱雀門周辺へと向かった。
朱雀門に近づくにつれ、空気が重く感じられるようになった。周囲の景色がわずかに歪んで見え、音も遠くこもったように聞こえた。
「感じるわ」千鶴が静かに言った。「時の流れが乱れている」
晴明も頷いた。「ここで降りよう」
二人は馬から降り、朱雀門周辺を慎重に調査し始めた。地面には奇妙な模様が浮かび上がっていた。それは術式のようでもあり、自然に形成されたものでもあるような不思議な模様だった。
「これは…」晴明が地面に膝をつき、模様を調べた。「時空を操る術式だ。しかし、影月のものとは少し異なる」
「誰が?」千鶴が周囲を見回した。
「わからない」晴明も立ち上がり、周囲を警戒した。「しかし、確かに強い力を持つ者の仕業だ」
その時、二人の背後から声がした。
「安倍様、橘様」
振り返ると、そこには
「闇月」晴明が驚いた表情で言った。「どうしたんだ?」
「大変なことになっています」闇月は息を整えながら言った。「影月様の弟子、
「闇華?」千鶴が尋ねた。「初めて聞く名前ね」
「影月様の右腕です」闇月が説明した。「彼女は影月様の最も信頼する弟子で、時空操作の術に長けています」
「彼女が時空の歪みを起こしているのか」晴明が理解した。
「はい」闇月が頷いた。「彼女は影月様の復活を目指しています。そのために、時の欠片を奪い返そうとしているのです」
「時の欠片…」千鶴は心配そうに晴明を見た。「陰陽寮に安全に保管されているはずでは?」
「厳重に守られています」闇月が答えた。「しかし、闇華は闇の陰陽師団の残党を率いて、新たな計画を実行しているようです」
「どんな計画だ?」晴明が鋭く尋ねた。
「詳細はわかりません」闇月が頭を下げた。「しかし、平安京全体に時空の歪みを広げ、混乱の中で時の欠片を奪おうとしているようです」
「それだけではないはずだ」晴明が言った。「時の欠片だけでは影月を復活させることはできない」
闇月は少し躊躇った後、静かに言った。「彼女は…明花様の力も狙っているかもしれません」
「明花?」千鶴は顔色を変えた。「なぜ?」
「時の守護者の血脈の力は、封印を解くのに最適だからです」闇月が説明した。「特に、まだ力をコントロールできない幼い守護者は…」
「屋敷に戻らなければ」千鶴は急いで馬に向かった。
「待て」晴明が千鶴の腕を掴んだ。「これは罠かもしれない」
「しかし、明花が…」千鶴は心配そうに言った。
「舞衣と博雅がいる」晴明が冷静に言った。「まずは、この時空の歪みの原因を突き止めよう」
千鶴は一瞬迷ったが、頷いた。「わかったわ」
三人は朱雀門周辺をさらに調査し始めた。闇月は影月と闇華の術式について詳しく説明し、晴明と千鶴はその情報を元に歪みの中心を探した。
「ここだ」晴明がついに言った。「歪みの中心は、朱雀門の真下にある」
「地下に何かあるのでしょうか」闇月が尋ねた。
「古い水路がある」晴明が答えた。「平安京建設時の遺構だ」
「そこに闇華が…」千鶴が理解した。
「行ってみよう」晴明が決断した。
三人は朱雀門の近くにある小さな入り口から地下水路へと降りていった。暗闇の中、晴明は小さな光の術を使って道を照らした。
地下水路は湿気が多く、足元には浅い水が流れていた。壁には古い文様が刻まれ、平安京の歴史を物語っていた。
「感じるわ」千鶴が静かに言った。「時の力が強く集まっている」
三人が進むにつれ、空気の歪みはさらに強くなった。時折、周囲の景色が揺らぎ、過去の幻影のようなものが見え隠れした。
「これは時の層が薄くなっている」闇月が説明した。「過去と現在が混ざり合っているのです」
「危険だな」晴明が警戒した。「慎重に進もう」
水路の奥へと進むと、広い空間に出た。そこには大きな円形の部屋があり、中央には複雑な術式が描かれていた。術式の周りには黒装束の人々が立ち、中央には一人の女性が立っていた。
長い黒髪を持ち、紫と黒の装束を身にまとった女性—闇華だった。
「来たか」闇華が振り返った。「安倍晴明、そして時の守護者…」
「闇華」闇月が一歩前に出た。「やめるんだ。この術式は危険すぎる」
「闇月」闇華は冷たい目で彼を見た。「裏切り者に言われる筋合いはない」
「影月様の野望は狂気だ」闇月が言った。「時の流れを乱せば、この世界そのものが崩壊する」
「影月様は時を支配しようとしているのだ」闇華が反論した。「崩壊などしない。新たな秩序が生まれるだけだ」
「やめろ」晴明が厳しい声で言った。「その術式を解け」
「遅い」闇華が笑った。「すでに術式は発動している。平安京全体が時空の歪みに包まれる。その混乱の中で、私は時の欠片を奪い、影月様を復活させる」
「させるか」晴明は風の術式を展開し始めた。
千鶴も時の力を呼び覚まし、闇華の術式に対抗しようとした。しかし、闇華の術式はすでに強力な力を持ち、二人の力をも押し返した。
「無駄だ」闇華が言った。「この術式は、影月様から直接教わったもの。お前たちの力では止められない」
その時、地下水路全体が大きく揺れ始めた。術式が発する光が強まり、時空の歪みが急速に広がっていった。
「危険だ」晴明が叫んだ。「退くぞ!」
三人は急いで地下水路から脱出した。地上に出ると、平安京全体が異様な雰囲気に包まれていた。空が歪み、建物が揺らぎ、人々は混乱して逃げ惑っていた。
「始まってしまった」闇月が絶望的な表情で言った。
「まだ終わっていない」晴明が決意を示した。「舞衣と博雅を呼び、四元素の力を結集しよう」
「明花は?」千鶴が心配そうに尋ねた。
「彼女も必要になるかもしれない」晴明が静かに言った。「時の守護者の血脈として」
千鶴は一瞬躊躇ったが、頷いた。「わかったわ。でも、彼女を危険にさらすわけにはいかない」
「もちろんだ」晴明も同意した。「まずは屋敷に戻ろう」
三人は急いで晴明の屋敷へと向かった。平安京の街は時空の歪みによって混乱に陥っていた。同じ場所に二重に存在する建物、消えたり現れたりする人々、時間がループする通り—すべてが秩序を失っていた。
晴明の屋敷に到着すると、舞衣と博雅が強力な結界を張って明花を守っていた。
「無事だったのね」舞衣が安堵の表情で迎えた。
「状況は?」博雅が尋ねた。
「平安京全体が時空の歪みに包まれている」晴明が説明した。「
「明花は?」千鶴が急いで尋ねた。
「無事よ」舞衣が安心させた。「でも…」
「何?」千鶴が心配そうに言った。
「彼女の額の印が、いつもより強く輝いているの」舞衣が説明した。「時空の歪みに反応しているようだわ」
千鶴は急いで明花のもとへ向かった。明花は小さな部屋で眠っていたが、確かに彼女の額の青い印は強く輝いていた。
「明花…」千鶴は娘を優しく抱き上げた。
明花は目を覚まし、母親を見上げた。彼女の目には、普通の赤ん坊には見られない理解の光があった。
「彼女は感じているわ」千鶴が静かに言った。「時空の歪みを」
「
「どうすればいい?」千鶴が晴明を見た。
「四元素の力を結集し、闇華の術式に対抗するしかない」晴明が答えた。「しかし、それだけでは足りないかもしれない」
「時の力も必要ということ?」千鶴が理解した。
「ああ」晴明が頷いた。「千鶴の
「明花はまだ赤ちゃんよ」千鶴が心配そうに言った。
「直接戦わせるわけではない」晴明が説明した。「彼女の存在そのものが、時の力の源となる」
「私たちが四人で彼女を守りながら戦うのね」舞衣が理解した。
「そうだ」晴明が頷いた。「準備をしよう」
四人は屋敷の中央に集まり、明花を中心に円を形成した。闇月は少し離れた場所から見守った。
「東の風」晴明が詠唱した。
「南の火」博雅が詠唱した。
「西の水」舞衣が詠唱した。
「北の土」千鶴が詠唱した。「そして、時の流れ」
四元素の力が結集し、明花の周りに虹色の光の渦が形成された。明花の額の青い印が強く反応し、時の力が四元素と共鳴した。
「行くぞ」晴明が言った。
四人は明花を守りながら、屋敷を出た。平安京の街は時空の歪みによってさらに混乱を極めていた。空には奇妙な色の渦が形成され、建物は歪み、人々は混乱していた。
「朱雀門へ向かおう」晴明が言った。「歪みの中心だ」
四人は虹色の結界に守られながら、朱雀門へと向かった。結界の力で周囲の時空の歪みを押し返しながら進んだ。
朱雀門に到着すると、そこには闇華と闇の陰陽師団の術師たちが待ち構えていた。
「来たか」闇華が冷たく言った。「時の守護者の血脈も一緒に」
「やめるんだ、闇華」晴明が言った。「この術式は平安京を破壊する」
「破壊ではない」闇華が反論した。「再生だ。影月様の理想の世界が生まれる」
「狂気の沙汰だ」博雅が怒りを露わにした。
「お前たちには理解できないだろう」闇華が言った。「さあ、時の守護者の血脈を渡せ」
「させるか」四人が同時に言った。
闇華は術式を展開し、強力な時空の力を放った。四人の結界がその力を受け止めたが、大きく揺らいだ。
「強い…」舞衣が苦しそうに言った。
「諦めるな」晴明が励ました。「力を合わせろ」
四人は結界を強化し、闇華の攻撃に対抗した。明花は千鶴の腕の中で、静かに状況を見つめていた。彼女の額の青い印は、かつてないほど強く輝いていた。
「明花…」千鶴が驚いた表情で娘を見た。
明花の体から青い光が放たれ、四元素の力と融合した。その力は結界を通じて外へと広がり、闇華の術式に対抗し始めた。
「なんだこれは」闇華が驚愕した。
「時の守護者の血脈の力だ」晴明が言った。「純粋な時の力」
明花の力が強まるにつれ、朱雀門周辺の時空の歪みが徐々に収束し始めた。闇華の術式が弱まり、彼女の表情に焦りが見えた。
「させるか!」闇華は最後の力を振り絞り、強力な術式を放った。
しかし、四人の結界と明花の力の前に、その術式は打ち砕かれた。闇華は膝をつき、力を失った。
「終わりだ」晴明が言った。
「まだだ」闇華は弱々しく言った。「影月様は必ず復活する…」
闇の陰陽師団の術師たちも力を失い、次々と倒れていった。朱雀門周辺の時空の歪みは完全に収束し、平安京全体も徐々に正常に戻り始めた。
「成功したわね」舞衣が安堵の表情で言った。
「ああ」博雅も頷いた。「明花の力のおかげだ」
千鶴は明花を見つめた。彼女の額の青い印は、通常の輝きに戻っていた。明花は疲れたように眠りについていた。
「よく頑張ったわね」千鶴は娘にキスをした。
闇華と闇の陰陽師団の術師たちは陰陽寮に連行された。彼らは特別な牢に閉じ込められ、時の力を封じる結界が張られた。
晴明の屋敷に戻った四人は、疲れながらも安堵の表情を見せていた。
「平安京は無事だ」晴明が言った。「しかし、闇の陰陽師団の脅威はまだ完全には去っていない」
「影月の復活を目指す者たちは、他にもいるかもしれないわね」千鶴が心配そうに言った。
「その時は」舞衣が決意を示した。「また力を合わせて立ち向かいましょう」
「ああ」博雅も頷いた。「私たちの絆は、どんな敵をも打ち破る」
四人は互いを見つめ、微笑んだ。彼らの絆は、この危機を通じてさらに強くなっていた。
明花は千鶴の腕の中で穏やかに眠っていた。彼女の未来には、まだ多くの試練が待ち受けているかもしれない。しかし、四人の絆に守られ、時の守護者の血脈として、彼女は必ず乗り越えていくだろう。
平安京に再び平穏が戻った夜、四人は明花を中心に集まり、これからの平和を祈った。
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転生陰陽妻 〜千年の時を超えて解き明かす平安の闇〜 kaeru_novel @kaeru_novel
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