3章 1話 Daily life
「ダディ」
娘のシャンティーが、コーヒーカップを片手に新聞を読み耽るジャックを呼ぶ。
ジャックは「ん? 何だい?」と、紙面からシャンティーに視線を移した。
シャンティーはパクリと大きな一口で食パンにかじりつく。カリッと焼かれたトーストから、パリパリッと乾いた音が弾けた。
「今日は」
「シャンティー、食べながら喋らないの」
リスの様な頬袋を作りながら、もごもごっと咀嚼して話すシャンティーに、すかさずハンナの厳しい声が飛ぶ。
シャンティーは母からの諫言に、ばつの悪い表情で素早く口腔内に広がっているトーストを嚥下した。
「んっと。あのさ、ダディ。今日って、ティティーと一緒に遊べる日だったりする?」
「シャンティー」
シャンティーの問いかけに、またもハンナの厳しい声が飛ぶ。
「お父さんはお仕事があるのよ。困らせちゃいけないわ」
だから今日もお母さんと遊びましょう。と、広げていた怖さをフッと和らげ、ハンナは優しく微笑んで言った。
だが、シャンティーは不服そうな面持ちになる。母から向けられた笑みにも、「そうじゃないの」と言わんばかりに思えた。
ジャックはそんな彼女の顔に、キュッと眉根を寄せて「そうだねぇ」と考えながら呟く。
すると今度は、膨れっ面をする彼女の横の笑みがみるみる険しくなっていく。
「シャンティー、いつも言っているでしょう。駄々をこねてお父さんを困らせちゃ駄目」
ハンナは物々しく告げてから、「そうよね、ジャック?」とジャックにも厳しい目をぶつけた。
「締め切りが近いものがあるって言っていたし、最近徹夜ばかりなんだから。書いたら、少しお休みなさいよ。休める内に休んでおかないと、身体を壊すわよ」
もう若くないんだから。と刺々しく慮るが、彼女の本音はそこになかった。
では、本音はどこにあるのか?
答えは簡単、目だ。
ジャックを見据える彼女の二つの目が、言葉には乗せられていない本音を力強く訴えている。
「ジャック、この
ジャックは彼女のメッセージを受け取るや否や、「あ、嗚呼。そうだね」と、ぎこちなく答えた。
そして、その気まずさを隠す様に、手に持つカップを口元に運んでくいと傾ける。
コーヒーの苦みは駆け抜けず、じわぁと口腔内に残った。
ジャックはカップからソッと口を離し、カチャと目の前のテーブルに置いて、「ティティー」と、不服そうな顔のままのシャンティーを呼んだ。
「今日はママと遊んでくれるかい? その間、パパは頑張って書き上げるから。また今度、一緒に遊ぼう」
その日は、ティティーの好きな所へ行こうな。と、ニカッと歯を見せて笑う。
「本当? !」
ジャックの笑みに、シャンティーの不服がガラガラと崩れ、輝かしい太陽が現れた。
「ティティーの好きな所って、どこでも良いの? !」
「あぁ、そうだよ」
「公園じゃなくて、動物園とかでも良いって事? !」
「ティティーが行きたいなら、動物園だってどこだって構わないさ」
興奮気味にまくし立ててくる娘に、ジャックは苦笑を浮かべて答える。
「じゃあじゃあじゃあ、ネズミさんの国でも良い?!」
「勿論だよ」
「やったぁ! じゃあ、そこが良い! 絶対にそこが良いわ、ダディ! ティティーね、最近出来たアトラクションに乗りたいなって思っていたのよ!」
勿論、プリンセス・アリエルにも会いたいわ! と、シャンティーはるんるんとした可愛らしさを満開に咲かせながら言った。
ジャックは「そうかそうか」と、朗らかな笑みで受け止める。
すると「ちょっと、ジャック」と、ハンナが眉を顰めて彼を窘めた。
だが、狂喜乱舞している娘を見ているジャックは「偶には良いじゃないか」と、肩を小さく竦めて言葉を返す。
「仕事、仕事ばかりでは息が詰まってしまうよ。それに、君だって息抜きは必要だろう?」
「そ、そうだけど」
ハンナは渋面で訥々と答えた。
ジャックは、そんなハンナに向かって「金銭の心配はないだろう?」と、素早く言葉を継ぐ。
「他の問題と言えば、俺の仕事の都合だけ。それも頑張って書き上げたら、クリアされる話だ」
君とシャンティーに日々我慢を強いてしまっている分、尽くさせてくれよ。と、朗らかに笑って言った。
ハンナは「そう」と、弱々しく眉根を下げる。
そして歓喜に満ち満ちている娘の皿周りをやや片付けながら、「良かったわね、ティティー」と、相好を柔らかく崩した。
ジャックもまた、彼女から揚げられた白旗に、フッと微笑を零す。
こりゃあ、頑張って書かないといけないなぁ。
ジャックは「よぅし」と、心の中で緩やかに燃ゆるやる気に薪をくべて意気込んだ。
その時だ
「そうしましたら、旦那様のお仕事が終わり次第、セバスチャンの方でチケットとホテルの手配をしておきましょう」
三人の会話の区切りを見計らったセバスチャンが、朗らかに告げる。
「勿論、日程は皆様のご都合が良い日に。そしてご宿泊なさる場所は、お嬢様がお好きそうなお部屋を幾つかピックアップし、お嬢様に選んでいただくと言う形でいかがでございましょうか?」
セバスチャン、彼は実に優秀で有能な老執事である。
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