第二章 5
まずは407号室の河野の家に向かう。恐らくあのお喋りの女性は話したくてうずうずしてるはずだ。インターフォンを鳴らすとすぐに玄関の扉が開いた。本当に待っていたようだった。
「桝野さんって親切な人だったでしょう?」すぐに話しを始めた。
「五階のお婆さんが転んだ時もちょうどその場にいたからって病院まで付き添ってあげちゃうし。私なんかも重い荷物を持って帰って来た時に下でばったり会って、ここまで持って来て貰っちゃったもの。そういえば飯田さんも粗大ゴミを捨てる時に手伝って貰ってたわねえ。それからかしらね、よく二人が話してたのは。ほらなんかいい感じだと目に入っちゃうっていうか」鈴木はそう言って笑って誤魔化した。それなりの住人は見ていたかもしれない。
「それに402同室と403号室が揉めた時の間に入ってあげてたから」
「なにか揉め事でも?」
「402の男の人が夜型でね。403は五十代のサラリーマンだったんだけど、すごく神経質な人で、夜に動かれるのが我慢ならないって。何度も怒鳴り込んで行ってたわよ。結局は引っ越して行ったけど」
「その時に桝野さんが間に入ったと?」
「ええ。揉み合いになりそうなところを止めてたのを何回か見たから」
河野はひとしきり喋り終えると「早く見つかるといいですね」と言った。滝本と箕島はそこで話を打ち切った。礼を述べてその場を後にした。
次に向かったのは402号室だ。何度かインターフォンを鳴らすと、機嫌の悪そうな声が聞こえて扉が開いた。色の抜けた長い髪の目つきのよくない痩せた若い男だった。二人は警察手帳を掲げた。桝野のことを聞きたいと告げると、態度が急変した。
「桝野さん、どうかしたんすか!」
「まあ、ちょっと」
「いや、まさかあの男に刺されたとか言いませんよね?」
「あの男とは?」滝本がそう尋ねると、予想した通りかつて隣と揉めていた話を始めた。
「そういうことで逆恨みされるようなことは多かったんでしょうか?」箕島が口を開く。
「いや、今まではないけど。でもいつかはそうこともあるかなあって。変な人って多いでしょ?」
「まあ」箕島はそう答えるしかなかった。
「それに最近じゃなんか女の人の揉め事に巻き込まれてるっぽかったから」
「女の人?」
「桝野さんには世話になったから、お礼も兼ねて近所の同級生がやってる居酒屋に連れて行って紹介したんすよ。ソイツとは仲良いんで桝野さんが来たらサービスしてくれって頼んだんです。で、桝野さんもその店を贔屓にしてくれて。最近ソイツから桝野さん大丈夫かなあって連絡が来てたんす。なんか一緒に来る女の人がいて深刻そうに話してたって。たまにその女の人が泣き出したりして桝野さんが慰めてたってのを聞いて、変なことに巻き込まれてなきゃいいなって」
箕島と滝本は顔を見合わせた。そして慌てて店の場所を聞いた。
その店は駅とは反対側に歩いて十五分ほどの住宅地にひっそりと佇んでいた。しかも路面店ではなく、路地に入ったところだった。教えてもらわなければ、見つけることはできなかったに違いない。いい感じに日焼けした店主は滝本の見せた写真にすぐに反応した。それは一番地味な格好をした飯田の姿だった。
「ええ、この人で間違いないです。最近ではなんだか深刻そうに話してました。もしかしたらこの
「どうしてそう思われたんですか?」
「いや、料理を持って行った時に腕を捲って見せてるのをたまたま見かけて。なんだかひどく焼けただれてましたよ。酷い野郎もいるもんだって私だって腹が立ったくらいでしたから」
滝本はもうじゅうぶんだから上に報告しろと箕島に告げた。
「あの女は別件で引っ張る。それで必ず吐かせる」滝本は力強く言った。確かに桝野がこの段階で飯田の話をするとは思えない。突破口はオンナの側にしかない。箕島は滝本を信じて任せることにした。
「お前さんは桝野の過去を洗ってみたらどうだ? あの女につけ入る隙があるって思わせたのには何か事情があるかもしれん」
彼女に好意を持っていた、と箕島は考えていたのだがそうではないのだろうか。滝本には何が見えているのか。箕島はとにかく探ってみようと頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます