第三章 1

 桝野はギリギリまで勾留されることとなった。桝野自身は納得がいかないようで、最近ではもう全部話したとばかりに雑談にも応じることが少なくなった。

 箕島はあれから桝野のは直接会っていない。今日は滝本が直接取り調べる。鈴木はそれを許可した。箕島の隣の別室でマジックミラー越しに参加することにした。

 箕島はあれから桝野の過去の足跡を辿ってみた。それについては滝本に報告してある。

 滝本は相変わらずくたびれたように部屋に入って来た。名乗ってから今日は自分が取り調べると告げた。桝野は藤沢の名前が出た時に滝本を一瞥した。

「お前さんが双和会若頭補佐の依田を京急南太田駅で刺したっていうのは間違いないんだな?」

 滝本は資料を棒読みで尋ねた。

「何度も言ってるでしょう? まだ何か?」

「どうして刺した?」

「むしゃくしゃしてて誰でもよかったんですって!」

「誰でもよかったんなら藤沢駅でもいいだろ? なんで南太田なんだ?」

「だからッ! ぼーっとしてなんとなく電車に乗って、たまたま降りたところが南太田だったんですって!」桝野は苛ついたのか声を荒げた。

「違うな。お前さんは〈飯田悠香〉に頼まれたんだ。酷いDVを繰り返す彼氏をなんとかして欲しいってな。このままじゃ殺されるとでも言われたか?」

 桝野は慌てて滝本を見据えた。いや、むしろ睨みつけていたといっていい。滝本は何食わぬ顔で続けた。

「飯田が吐いたぞ。ああ、飯田はいま麻薬取締法違反の罪で勾留されてるぞ。ちなみに使用、販売目的で所持してた」

「そんなの出鱈目です。もし飯田さんがそんなことしてたとしたら、それは無理やりやらされていただけで」

「依田が扱うとしたらシャブだ。こんな可愛らしいものは扱わねえよ。むしろ捌いてたのは飯田の新しいオトコだ。そのグループごと摘発した。ソイツも吐いたぞ。依田がいなくなれば全て自分のものになる予定だと聞いてたって」

「嘘をつくなッ!」桝野は激昂して立ち上がった。すぐに熊楠に肩を押さえられた。座っていろということだろう。滝本は動揺することもなく続けた。

「──飯田が全部吐いたんだよ。それに飯田は初めてじゃねえ。これで三回目だ」

 一度目は警察を欺こうとした。失敗だったが相手のカネを持ち逃げすることは出来た。それから整形を繰り返し、名前を変えたのは福井県でだった。飯田は結婚して名前を変えた。そして新しい男を利用して事故を装い、夫を車で轢き殺した。轢いた男は〈過失運転致死罪〉だったが、もうすでに刑期は終えていた。男が戻ってくる前に飯田はまたカネと共に姿を消した。なんの罪に問われることなく逃げおおせたのだ。

「今回はあっさり吐いたぞ。依田は生きてるしな。それに依田は奴が新しい男と企てたってことを知ってる。言ってる意味が分かるか? 奴は暴力団の幹部だ。ムショのほうがなんだよ」

 滝本はそう言って上目遣いで桝野を見据えた。しばらく睨み合っていたが、ついに桝野が目を逸らした。沈黙が続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る