第40話


アイラの身体からあふれ出した光が、俺の全身を包んでいた。


 水色──いや、それ以上に透明で、澄みきった輝き。

 まるで、春の陽だまりに抱きしめられてるみてぇな感覚だった。


 あったけぇ……でも、それだけじゃねぇ。

 この光は、身体の奥底にまで染み込んでくる。魂ごと、優しさと力で包まれているような、そんな感覚。


 目を細めて、両の手を握る。

 指の先まで、力が満ちていく。

 骨が、筋肉が、神経が、まるで歓喜してるように、全身が鼓動と一体化して動いてる。

 自分の身体なのに、自分じゃないような。それくらい、いつもよりも調子がいい。


「ナオくん……」


 穏やかな声が聞こえた。


 目を開けば、光の中心でアイラが微笑んでいた。顔色はまだ青い。体力だって回復してるわけじゃねえ。

 けど、その笑みは不思議と強くて──芯があった。それだけで、こっちまで力が湧いてくる気がした。


「……あのセリオンに取り込まれた影響かも。私……ステラビリティに目覚めたみたい」


 アイラがそっと手のひらを見つめながら、言葉を続けた。


「《Lumina Fortis》──“勇気の光”」


 その名前を聞いた瞬間、意味もわからないはずなのに、身体が理解した。

 この光に触れてるだけで、魂に熱い火が灯る。戦うだけじゃない、誰かを“守るため”の力が、確かにここにある。


「この光……アイラ自身の気持ちが、そのまま形になったみたいだな」

「そうかも……ナオくんやセレンのような戦いはできないけど……これなら、君と一緒に戦うことができる」


 アイラのその言葉に、再び拳を握る。

 さっきまでと違う。明らかに、力の質が違う。

 《狂化》と《狂鋼》の荒々しさに、この光が加われば──


「——これまで以上に、戦える」


 呟いたその言葉に、自分自身が一番驚いていた。

 でも、疑いはなかった。

 心の奥底から、自信が湧き上がってくる。限界なんて、もうどこにもなかった。


 この力があれば、絶対に負けねぇ。

 誰にも、何にも、負ける気がしねぇ。


 俺はアイラの隣に膝をついて、改めて彼女の手を取った。

 小さくて、でも確かなその手。強さを持った、温かい手だ。


「ありがとな。……お前の光が、俺に届いた」


 アイラは少し恥ずかしそうに笑って、小さく頷いた。

 唇の端がかすかに震えていたけど、その瞳は揺れていなかった。

 ちゃんと、前を向いていた。


「私の力が……ナオくんの役に立ててよかった」

「役に立つどころじゃねえ、これがあれば百人力だぜ」


 自然にそう返していた。

 本当に、そう思った。


 その時だった。


 ──ズズズ……ッ。


 耳の奥を震わせるような重低音が、再び空気を揺らした。


 先ほどの戦場だった空間──その奥の闇が、じわじわと蠢いた。

 瓦礫の向こうから、ぬるりと這い出してくる異形の影。


 崩れかけた身体。粘液を引きずるような鈍重な動き。

 でも、その目だけはギラギラと、俺たちを獲物として捉えていた。


 ──ゴギィ……ッ。


 肉を擦るような音がして、異形種が再び体勢を整える。

 あの巨体にしては信じられないほどの執念。普通のセリオンなら、とっくに消滅しててもおかしくねえ。

 こいつは──明らかに異常だ。


 俺は自然と立ち上がり、アイラの前に立つ。

 守る。もう二度と、絶対に傷つけさせねぇ。


 けど、背後からアイラの手が俺の服の裾をそっと掴んだ。

 そして、小さく囁くように言う。


「ナオくん……」


 振り返ると、アイラの瞳は不思議と穏やかだった。

 その顔には、恐れも、迷いもなかった。


 そして──


 彼女はふいに顔を寄せてきて、もう一度、そっと俺に口づけた。


 その唇はかすかに震えていた。

 けれど、確かな熱がこもっていた。


「……一緒に帰ろうね」


 それは、約束のような、祈りのような言葉だった。


 次の瞬間、アイラの身体がぐったりと俺に預けられる。

 ゆっくりと目を閉じて、深い眠りに落ちていく。


 でも──その顔は、とても穏やかで、安心しきったものだった。


 俺は彼女をそっと抱きかかえ、地面に優しく下ろす。


「……ああ、もちろん。帰ったらやりたいこと、たくさんあるしな」


 力強く、そう呟いた。


 そして。


 異形種に向かって──一歩、踏み出す。


 闘志とともに迸る《狂化》の赤黒いオーラ。

 全身に満ちる《狂鋼》の鎧。

 それを包み込むように、《Lumina Fortis》のライトブルーの光が舞う。


 荒ぶる力に、優しき勇気が宿ったこの一撃。


 負ける気がしねぇ。

 守るもんは、全部この拳で守ってやる──

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