第22話
やがて、府中区域内に入ると、廃墟が立ち並ぶ荒れ果てた街並みが広がった。かつては多くの人が暮らし、賑わいを見せていた都市。だが今は瓦礫と化したビル群が無造作に積み上がり、静寂に支配されている。
「……相変わらず、すげぇ光景だな」
俺はバイクの後部座席から周囲を見回し、素直な感想を漏らした。ここが数十年前までは何十万という人が暮らしていた街だったとは思えねぇ。ビルは崩れ、道路はひび割れ、風が吹くたびに崩れかけた建物の破片が微かに落ちていく。
「これでも、まだ人類の管理下にある方よ」
セレンは淡々と言うが、その横顔はどこか警戒心を帯びていた。それだけ、この場所が危険だということだろう。
そんな時——
『ギィ……ギィ……』
金属が擦れるような、不快な音が空気を裂いた。耳障りで、どこか湿っぽい、爪の先がじんわりと冷たくなるような音。
「——ナオ、来るわよ」
セレンがバイクのスピードを緩める。俺も慎重に視線を巡らせた。
そして、次の瞬間——
「……いた」
崩れた高架橋の下、黒い影がゆっくりと動いた。
廃墟の隙間から、巨大な輪郭が現れる。黒く星光りする硬質な甲殻。長く鋭い鎌を持つ前脚がゆっくりと動き、その先端が鈍く光を反射する。長く伸びた触角が僅かに震え、その先についた眼が周囲の気配を探るようにゆっくりと動き、
——青い複眼が、ギラリと光る。
「……クラウザーク、発見」
セレンが冷静に呟く。
「思ったよりでけぇな……」
俺は思わず呟いた。体高は3メートルほどだが、鎌を伸ばした姿は異様にでかく見える。
だが、それ以上に目を引いたのは——
「……やたら分厚ぇ甲殻だな」
カマキリの鎌を持ったザリガニみたいなクラウザーク、その一番の特徴は全身を覆う異様なまでに強固な装甲だ。その装甲は黒曜石のように滑らかだが、関節ごとに鋭い棘のような突起が連なっている。
「甲殻型セリオンの特徴ね。基本的に、防御力が高いわ」
「ってことは、どこ狙う?」
「関節部分と腹部……そこが一番装甲が薄いはずよ」
セレンが大太刀の柄に手をかける。
その瞬間、クラウザークがわずかに頭部を持ち上げた。
「……あ?」
次の瞬間——
『ギシャァァァァァ……!!』
甲殻が擦れる甲高い音が響き渡り、クラウザークが大地を蹴り上げた。影が爆発するように動く。巨体とは思えぬ速度で俺たちの方へ向かってくる。
「っ、意外と動きが速いな!」
「気をつけて、ナオ!」
セレンが素早くバイクを停め、その場で跳躍する。俺も地面に飛び降り、戦闘態勢に入った。
クラウザークの鎌が、宙を裂くように振るわれる。風を切る音が鋭く響き、地面にめり込んだコンクリートが粉砕される。
「……なるほど、さすがはⅣ級、伊達じゃねぇな」
俺は奴の動きを観察しながら、口の端を吊り上げた。鎌を振るうたびに、甲殻が擦れ、金属音のような不気味な音が響く。その鎌の一振り一振りは、ビルのコンクリートを容易く裂く鋭さを持っている。
ゾクッとした。俺の中の戦闘本能が、昂るのを感じる。心臓が速くなり、血の中に熱が駆け巡るのがわかる。こういう強ぇ奴と戦う時が、やっぱ一番ワクワクする。
「さて、どう料理する?」
セレンが俺に軽く視線を送る。彼女の目にも、薄く戦闘の楽しみが浮かんでいる。
「決まってんだろ——ぶっ潰す」
俺たちは互いに視線を交わし、一気に戦闘へと突入した——。
☆ ☆ ☆
クラウザークの鎌が閃く。
「ッ……!」
俺は即座にバックステップで距離を取る。刃が地面を抉る。コンクリートが粉砕され、細かな破片が宙を舞う。
——速ぇ!
あの巨体からは想像できねぇほどの俊敏さ。俺が突っ込んでいこうとする前に、一撃が飛んでくる。攻めるどころか、かわすのがやっとだ。
「ナオ、無理に突っ込まないで! あれは速さと切れ味で押してくるタイプよ!」
セレンの声が響く。
「そんなこと……わかってんだよ!」
言いながら、俺はクラウザークの軌道を見極めようとする。
だが——
『ギシャァァァッ!』
クラウザークの長い鎌が、左右から連撃のように襲いかかる。
「チッ……!」
紙一重でかわす。鋭い風圧が頬を切る。
視界の隅、俺の髪の一房がふわりと宙を舞った。
くそ……攻撃の手が早すぎる。
1撃、1撃が、まるで剣の達人が振るうかのような正確さだ。力任せに振っているわけじゃねぇ。むしろ、洗練された剣術みてぇな動きだ。
しかも、鎌のリーチが長いせいで不用意に近づけねぇ。
「……なるほどな」
クラウザークがじりじりと距離を詰めてくる。青く光る複眼が、冷徹な捕食者のように俺を睨む。
「てめぇ……剣士みてぇじゃねぇか」
俺は拳を構え直す。
こいつはかなり厄介だ。
殴るために近づこうとすれば、先に斬られる。下手に踏み込んでも、カウンターで鎌が飛んでくるのが目に見えてる。
「ナオ、上!」
セレンの声が響く。
「ッ……!」
即座に地面を蹴って横へ跳ぶ。
キィィィィィィンッ!!
一瞬遅れて、俺がいた場所を鎌が貫いた。コンクリートが鋭く抉られ、粉塵が舞い上がる。
「ちょ、マジで勘弁しろって……!」
冗談抜きで、一発でもまともに食らったらヤバい。ガードするって手もあるが、普通に切断される未来しか見えねぇ。こいつ、ガチで一撃必殺の動きしてきやがる……!
「ナオ、いったん距離を取るわよ!」
「おう!」
セレンが俺の方へ跳んでくる。
が——
「ッ……あ?」
俺の背筋がゾワリとした。
視界の端。廃墟の影から、新たな黒い輪郭が浮かび上がる。
「……マジかよ」
高架下の影。クラウザークが、もう一体、姿を現した。
「……二匹目、か」
セレンが低く呟く。
クラウザーク特有の甲高い鳴き声が響き渡る。
さらに、それに応えるように、別方向の廃墟からも重々しい足音が聞こえてきた。
「……っ、もう一体……!」
新たに二体のクラウザークが、俺たちを挟み込むように配置される。
これは……ヤバい。一体だけでも接近戦が厄介な相手だ。それが三体に増えたってことは……こっちの動きを完全に制限されるってことだ。
「ナオ……これ、思ったよりマズいわね」
セレンが、大太刀をゆっくりと構え直す。その目には、冷静ながらも明らかな警戒心が滲んでいた。
「ああ……でもよ、そんだけ厄介な敵なら——」
俺は血が滾るのを感じながら、口元を歪めた。
「——ぶっ潰しがいがあるってもんだろ?」
緊張感と昂揚が入り混じる。
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