第23話

『ギシャァァァァッ!!』


 二体のクラウザークが、凶刃を振りかざしながら俺たちに迫る。


 ズバァンッ!!


 高速で繰り出された鎌が、空を切り裂いた。


「クソッ……!」


 間一髪で身を捩り、紙一重で避ける。だが、肩口を鋭い痛みが走る。視線を落とすと、ジャケットの肩が深く裂け、じわりと血が滲んでいた。


「……ちっ、避けたつもりだったが……」


 こいつら、ただ闇雲に振り回してるわけじゃねぇ。こちらの動きを読んでいるような、そんな感覚がする。


「ナオ、大丈夫!?」


 セレンが一瞬、俺の方を気にする。


「問題ねえッ!」


 息を整えながら、拳を握り直す。


 だが——


『ギシャッ!!』


「ッ!? またかよ……!」


 もう一体のクラウザークが、今度はセレンを狙って跳躍する。風を切る音が響いた。鋭利な鎌が、夜を裂くように振り下ろされる。


キィィィンッ!!


 セレンの大太刀が、鎌を受け止めた。鋼と鋼がぶつかったように、激しく火花が弾ける。


「ッ……思ったより、重いわね……!」


 セレンが歯を食いしばる。単なる鋭さだけじゃない。こいつら、純粋なパワーも兼ね備えてやがる。


——その時だった。


 もう一体のクラウザークが、地を蹴り、刹那で間合いを詰める。


「——チッ!」


 俺はとっさにバックステップで距離を取る。


ズバンッ!!


 鋭い鎌が、俺がいた場所を斬り裂いた。アスファルトが大きく抉れる。……ヤバいな。今のが直撃してたら、一撃で腕の一本が持ってかれてたかもしれねぇ。


「……ほんとに厄介ね」


 セレンが僅かに息を吐く。俺たちは、完全に攻めあぐねていた。


「どうする、セレン」


 俺は低く問う。セレンは俺を一瞥し、静かに言った。


「決まってるわよ」


 その瞳には、戦士の炎が宿っていた。


「——“全力”で行くわよ、ナオ」

「……ははっ、いいねぇッ! 久々に使ってみたかったところだ」


 俺は拳を握り締めた。


「セレン、一回下がれ」

「……わかった」


 俺の意図を察したセレンは、すぐに後退する。

 俺は深く息を吸い——


「————《狂化》」


——ドクンッ!!


 力が全身を駆け巡る。体温が一気に上昇する。


 視界が——赤く染まる。


「ハハッ……!」


 全身の神経が剥き出しになったような感覚。鼓動が耳元で爆発するように鳴り響く。

 身体が軽い。いや、まるで無限の力が湧き上がってくるようだ。


——この力が、俺を満たす。


「——ぶっ飛ばすぞ、クソ野郎共」


ズァッ!!


 俺の足元が、赤黒いオーラを纏う。


——それと同時に。


「ふふ……じゃあ、アタシも行くわね。——《鬼煌羅刹》」


 俺が振り返ると、そこには——"鬼"がいた。彼女の白い肌には漆黒の模様が走り、額の中央からは漆黒の角がせり上がるように伸びていく。


 それだけじゃない——


「——《鬼焔乱舞》」


 ボッ……


 さらに、セレンの背後に紫の炎が灯る。紫の炎は、ゆらめきながらセレンの身体を包み込んでいく。


「ふふ……どうかしら?」


 セレンが微笑む。

 紫に妖しく光る双眸が、鋭く戦場を見据えていた。その目には、冷静さと——圧倒的な威圧感が宿っている。


「——最高ッ!」


 俺も口の端を吊り上げる。


——ドォンッ!!


 二人の力が解放された瞬間、荒廃した府中の廃墟に紫と赤の光が弾けた。


 俺の全身から燃え上がる赤黒いオーラ。セレンの体を包み込む紫紺の鬼炎。

視界が澄み、全身が軽い。

 血が沸き立ち、細胞が歓喜しているのが分かる。


「……ナオ、行くわよ」

「おうよ!」


 互いに目を合わせることもなく、俺たちは同時に地を蹴った。


『ギシャァァァァッ!!』


 クラウザークが二体、警戒するように甲殻を鳴らす。だが、その動きが目に見えて鈍るのが分かる。


——怖気づいたな。


 今さら逃がすわけねぇだろ。


「セレン、左!」

「任せなさい!」


 俺が叫ぶと同時に、セレンが紫焔を纏う大太刀を振るった。


——ズバァンッ!!


 紫の軌跡が空を裂き、クラウザークの鎌の一撃を逸らす。

 だが、奴もやられっぱなしじゃない。弾かれた鎌を即座に立て直し、鋭く跳ねるように距離を取る。


『ギシャァァァァ!!』


「ッ……反応が速いわね……!」


 セレンがわずかに眉を寄せる。このクラウザーク、単なる鈍重な甲殻型じゃねえ。見た目に反して、機動力もありやがる。


「ナオ、右のやつの足止めて!」

「合点承知!!」


 俺は一瞬で力を溜め、足元の瓦礫を蹴り上げる。


「——ぶっ飛べぇ!!」


ドガァァァァンッ!!


 放たれた拳撃が空気を裂き、爆風のような衝撃波がクラウザークを直撃。衝撃を受けた奴は、バランスを崩しながら脚を引きずる。


「セレン、飛び込むぞ!!」

「ええ、ナオ、背中任せるわよ!」


 セレンが紫の軌跡を描きながら俺の側へ滑り込んでくる。俺は咄嗟に彼女の背後に立ち、迫るクラウザークの鎌の腹を殴りつけ、剣筋を逸らす。


ガギィィィンッ!!


 拳と刃がぶつかり合い、火花が散る。奴の鎌が、俺の拳を押し返そうとギリギリと軋むが——


「——その程度か、クソ虫がァッ!!」


 俺はさらに拳に力を込め、一気に弾き返す。


ドガァッ!!


「ぐっ……硬ぇな、てめぇ……!」


 だが、それで十分。奴のバランスが崩れた瞬間、すでにセレンは大太刀を振り上げていた。


「ナオ、ちょっと下がって!」

「わーったよ!」


 俺はバックステップで後退し、代わりにセレンが前に出る。その姿は——まるで、戦場を支配する鬼神のようだった。


「——行くわよ『星斬』!!」


 紫炎に煌めく大太刀が、空間を切り裂くように振り下ろされる。


ズシャァァァァァァッ!!


 クラウザークの甲殻が裂け、青黒い体液が吹き出す。奴は断末魔のように甲殻を鳴らしながら、そのまま地面に崩れ落ちた。


「……一体、沈めたわ」


 セレンが静かに呟く。その横では、もう一体のクラウザークが狂ったように甲殻を鳴らし、俺たちを睨みつけていた。


「……ナオ」


 俺はゆっくりと拳を握り込む。血の滾りが止まらねぇ。細胞が戦いを求めて叫んでいる。


「——ああ、次は俺の番だぜッ!!」


 俺は全身の力を込め、一気に地を蹴った——

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