第21話
「さて、行くわよ」
セレンがキーをひねると、エンジンが低く唸りを上げる。八王子支部の駐車場に停められていたセレンのバイク。マットブラックのボディに流れるような流線形のフォルム、一般的なガソリンバイクとは違い、ステラエネルギーを動力源とした近未来的なデザインだ。
「……思ったより、かっけぇじゃん」
「でしょ? 特注品なんだから」
セレンが軽く微笑みながら、バイクのハンドルを叩く。車体の側面には、小型のノヴァカートリッジをセットするスロットが見える。加工されたノヴァを燃料として利用することで、ガソリン不要のエコな乗り物ってわけか。まあ、今時ガソリンなんて使ってる骨董品の車なんか走ってるわけねえけど。
「ほら、ナオ。乗りなさい」
「おう」
俺はバイクの後部座席に跨った。思ったよりシートはしっかりしていて、そこまで乗り心地は悪くなさそうだ。
「ほら、ちゃんと掴まってなさい」
「了解」
「…………ちょっと、どこ触ってるの?」
「胸」
「……ったく、もう。ふざけてると置いてくわよ?」
「それは困るな」
セレンの呆れ声を聞き流しながら、俺はしっかりと腰に手を回す。
「……やっぱセレンっていい匂いするよな」
「ほら、余計なことしてないでしっかり掴んでなさい。出発するわよ」
「へーい」
セレンはバイクのアクセルを軽く捻った。そして、エンジン音とともに、俺たちは旧東京へと向かって走り出した。
中央自動車道——かつて東京と地方を繋ぐ幹線道路だったその道は、今ではその面影をほとんど残していない。
「……これは、想像以上にひどいな」
俺はバイクの後部座席から景色を見回す。
路面は無数のひび割れ、崩落が目立ち、もはやまともな舗装はほとんど残っていない。崩れた高架、倒れた標識、錆びついたガードレール。瓦礫の間から、かつてこの道を走っていた車の残骸が顔を覗かせている。
50年もの間、放置され、セリオンの戦場と化した道。
「まあ、当然よね。ここはもう人間の領域じゃないもの」
耳元のスピーカーから、セレンの淡々とした声が聞こえてきた。彼女にとっては、もう見慣れた風景なのかもしれない。
「ここが旧東京か……」
「正確には、旧東京星侵領域、かつて大氾濫で壊滅した日本の首都だった場所ね」
セレンの言葉に、俺は改めてこの場所の危険度を実感する。
旧東京——50年前の大氾濫で壊滅した、日本最大の都市だった場所だ。
現在、その場所は、セリオンに完全に支配された地域、【星侵領域】と化している。
かつて、東京にあった【千代田ダンジョン】。300階層を超え、深淵級と呼ばれた巨大なダンジョンが氾濫を起こしたことで、東京は一夜にして壊滅したそうだ。今ではⅢ級セリオンが当たり前のように闊歩している魔境となっており、到底、人間が生きていける場所じゃない。
だが、俺たちが向かっている府中地区をはじめとして、かつて23区と呼ばれていた区域の外側は、まだ人類の手が届く範囲にある。
とはいえ、ここも十分すぎるほど危険地帯らしいけど。
「なあ、セレン」
「何?」
「そもそも……大氾濫って結局なんで起こったんだ?」
俺はバイクの背後で問いかける。すると、セレンは少しだけ考えてから口を開いた。
「——ダンジョン探索が下火になったことで起こってしまったスタンピード、それが原因と言われているわ」
セレンは少しだけアクセルを緩める。
俺たちを乗せたバイクは、荒廃した道路を静かに進んでいく。
「ダンジョン探索が下火になったのは、70年前くらいの話よ」
セレンはバイクを走らせながら着いた口調で語り始めた。
「最初にダンジョンが発見されたのは、100年以上前——2000年の7月7日だったわね。当時は未知の空間だったけど、内部には貴重な資源やステラエネルギーがあった。だから、人類はこぞってダンジョンに潜り、探索を進めたわ」
「まあ、そうだよな。未知のエネルギーに資源の山……そりゃ、夢中になんだろ」
「そう。でも……問題は、"人間は楽を覚えたら、自分でやらなくなる"ってことよ」
「……楽を、覚えたら?」
「ええ。ダンジョン探索は最初こそ命がけだったけど、手に入れた技術や資源を活用していくうちに、人々の暮らしはどんどん豊かになった。ステラエネルギーを使った技術革新が進み、ダンジョンに潜らなくても快適に生きていける時代になったのよ」
「……なるほどな」
俺は少し考える。要するに、ダンジョン探索をしなくても恩恵を受けられるようになったってことか。危険を冒して潜るより、安全な場所で技術を利用して暮らした方がいいに決まってる。
「そうやって、ダンジョンに潜る人がどんどん減っていった。元々、ダンジョンの内部では、セリオンが発生するたびにダンジョンが持つエネルギーを消費していたみたいなの。でも、人が潜らなくなったことで、倒されるセリオンが減り、ダンジョンの内部にステラエネルギーが溜まり続けたわ」
「——で、溢れたエネルギーが暴走したってわけか」
「そう。ダンジョンスタンピードを止めるには最下層にあるダンジョンの心臓、【ダンジョンコア】を破壊しなければならない。でも、【梅田ダンジョン】を除いた全てのダンジョンでそれは叶わず、全世界で大氾濫と呼ばれる大規模スタンピードが起きてしまったというわけね」
「ってことは……人間がサボったせいで、大氾濫が起こったってことか?」
「まあ、簡単に言えばね」
セレンは乾いた笑みを浮かべる。
「……けど、それにしたって、おかしくねぇか?」
「何が?」
「たまたま放置されたダンジョンが暴走した……ってなら分かるけど、何で世界中で同時に暴走したんだ?」
「……」
セレンは少しだけ沈黙する。
「……そうね。そこは、まだ解明されていないのよ。だから誰にもわからない」
「……」
俺も口を閉じる。ダンジョンは生き物のようなものだ——そう言われている。けど、それにしたって、世界中のダンジョンが同じタイミングで暴走するなんてことが、単なる偶然で片付けられるのか?
俺の疑問をよそに、セレンは小さく息を吐いた。
「まあ、アタシたちが考えても答えは出ないわ」
「……まあな」
「とりあえず、今のアタシたちの仕事は、目の前のセリオンをぶっ潰すこと。考えるのはその後よ」
「……ふっ、確かに」
俺は鼻で笑う。考えたって仕方ねぇ。俺の役目は、セリオンをぶっ飛ばすことだ——。
バイクの速度が少し上がる。
目的地は、もうすぐだ——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。