第33話 叙任式

 騎士学校の広い講堂が、厳粛な空気に満たされるのを感じたのは、これで二度目だった。

 一度目は入学式の日。期待や緊張に胸がいっぱいの少年たちの中に、ギギーも混じっていた。二度目は今日。三年間の厳しい訓練を終えた生徒たちに、騎士の資格をあたえる叙任式だ。卒業生たちは在校生や教師、保護者や来賓に見守られ、晴れの日を迎える。


 式がはじまり、中央に立つ国王のもとへ、ひとりの生徒が進み出ていった。金色の髪に青い瞳。すらりとした肢体に、白い騎士の制服とマントがよく似合っている。遠目からでもすぐにレオルだとわかった。

 レオルが王の前で膝を突き、頭を垂れると、王が剣の平らな面でレオルの両肩を軽く叩く。王から受け取った剣をレオルが腰の鞘に収め、おもむろに立ち上がる。一連の動作は洗練されていて、指先や流れる髪の一本までうつくしく、ギギーはまばたきをするのを忘れて見入った。

 儀式を終えて壇上から降り、自分の席に戻っていく途中、レオルの視線がちらりと来賓席に向けられる。ギギーと視線が合った瞬間、レオルはちいさな笑みを浮かべてくれた。


「……っ、は」


 レオルが席に戻ったのを見届け、短い息を吐き出した途端、緊張にこわばっていた身体がじわじわと弛緩していく。まるで自分のことのように緊張していたから、昨夜はなかなか寝つけなかったのだ。

 くすりと笑う気配がして、隣を見るとエドワードが笑っていた。ひさしぶりに彼が笑うところを見て、驚いた。それはやさしい笑みではなかったが、作り物でもない。


「あの壇上に立ちたかった?」


 小声で問いかけられて、ギギーは無言で首を左右に振った。いまはもう騎士になるよりも、光の魔法使いとしてたくさんのひとを守りたいという気持ちのほうが強かったが、それでも考えてしまうことはある。もし、あのとき学校で魔物に襲われず、記憶が戻らず、あのまま騎士学校にいられたら。みんなと叙任式に出られたかもしれない、と。ギギーがその場にいてほしいひとの中にはエリオットも含まれているが、第三王子であるエドワードが騎士に叙任されるはずもない。光の魔法使いと同じように、王族も騎士に守られる対象なのだから。


「ここに連れてきてくれて、ありがとう」


 エドワードからの返事はなかった。笑みが浮かんでいたのはほんの数秒で、きれいな顔からはとっくに表情が消えている。

 叙任式にギギーを同行させてくれたのは、エドワードだった。彼らといっしょに卒業することはできなくとも、レオルや同じクラスの生徒たちの晴れの日を見守ることができて、ギギーはとてもうれしかった。背後で控えているアルスも、きっと同じ気持ちのはずだ。

 新任の騎士たちは約一ヶ月の休暇を経て、いよいよ配属先で騎士としての仕事がはじまる。




 その日、ギギーは朝早くに目が覚めた。

 そわそわと落ち着かなくて、部屋の中でじっとしていられず、庭にある温室へ向かった。小一時間ほど薬草の手入れをして、朝食の時間が近づいたころに部屋へ戻った。

 そのあとは、いつものようにアルスとルーファスの三人で朝食を摂った。みんなで紅茶を飲みながら、当日の予定を確認していくのが習慣になっていた。今日は王都内の診療所をいくつか回る予定だが、とても大事な予定がひとつある。


「十時からは、新任の騎士が合流する。今後、日中は私とアルス、新任騎士の三名体制だ」


 ルーファスの説明を聞いて、自然と口元に笑みが浮かんだ。「りょーかい」と言ったアルスもうれしそうに見える。

 いまかいまかと十時になるのを待ちわびて、とうとうそのときがやってきた。ドアがノックされて、弾かれるようにソファから立ち上がり、まっすぐにドアへと駆け寄る。


 アルスが開けたドアから入ってきた青年は、握った右手を胸に当て、ギギーに向かって敬礼を取った。


「失礼いたします。本日よりギギー殿の専属騎士に着任した、レオル・スタンレイです」


 硬質な声が、耳に心地良く響く。あいさつを終えると、レオルは胸に当てていた手を下ろし、笑みを浮かべた。


「――ようやく……ようやく、ここまで来た」


 ひとりごとのようにぽつりと落とされた声には、きっとたくさんの思いがこもっている。


「レオル、これからよろしくね」

「ああ、なにがあっても必ずおまえを守る」

「うん、俺もレオルを守るよ」


 今日からは、レオルがそばにいる。そう思うと、うれしくてたまらなかった。ふたりで笑みを交わしあったあと、レオルはルーファスとアルスに向き直った。


「ブルーム卿、本日よりご指導よろしくお願いいたします」

「ああ、よろしく。公の場でなければ、ルーファスでかまわない。私もレオルと呼ぼう」


 レオルがギギーに会いに来るときに、ルーファスとは何度か顔を合わせている。根がまじめなふたりだから、きっと気も合うはずだ。


「アルス、改めてよろしく頼む」

「いや、そこは『ガルシア卿、ご指導お願いいたします』だろ? ガルシア先輩、でもいいぞ」

「ガ――」

「いやいや、冗談だって。相変わらずまじめなやつだなー。待ってたぞ、レオル。今日からよろしくなー」


 アルスに肩を叩かれ、レオルが笑みを浮かべる。ふたりともうれしそうで、見ているこっちまでうれしくなった。


 そのあと四人で王城を出て、王都にある診療所を訪問して回り、夕方には王城に戻った。レオルは着任初日で、仕事中はルーファスから説明を受けている時間も多い。休憩のとき以外はあまり喋る時間がなかったが、レオルがそばにいてくれるだけで心強かった。

 なにより、これからはレオルと話せる時間がたくさんあるのだから。

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