第8話 上書きの褒め

 「痛い⋯⋯今日は本気で死ぬかと思った」


 歩いて帰っている最中、翼妃が腰を撫でながらそんな事を呟いた。

 本気で心配する僕達の中は重い空気に包まれる。


 「いや、大丈夫だからね。私元気だからね?!」


 もちろん冗談だと思っていたが、あまりにも笑えない冗談だ。

 ダンジョンでは死んでしまう⋯⋯きっと相手に遊び心が無ければすぐに殺されていた。

 笑い事では無い。


 「そうだ黎。あれはなんなの。骨の蜘蛛の足みたいなあれ」


 「あれは僕自身にもあまり分かっていないんだ」


 無我夢中と言う状態だった。

 翼妃を助けたい。敵を倒したい。その強い気持ちによるモノだ。


 「だけど少し代償があったね」


 「え! 体大丈夫?!」


 翼妃がグッと距離を詰めて来た。

 近い⋯⋯。


 「体は大丈夫。⋯⋯ただ、上質なソウルが1つ使われてるんだ」


 「そっかあ。体は無事か。なら良いんだよ」


 「そう?」


 結構貴重なソウルだと思うんだけどな。

 強くなればもっと難易度の高いダンジョンに行ける。そしたら上質なソウルも豊富に手に入るだろうか?

 だが、今は貴重だ。


 1個回収出来た。これは大切に使わないといけない。


 「背中から出てたけど、服とか破れて無かったね。とても不思議」


 深川も興味津々と言った様子で僕に近づいて来る。

 陽介も同じように気になるのか、距離を潰す。


 「分かっている事は、あの足がちゃんと武器として強い事と上質なソウルはそれだけの力があるって事だけだよ」


 「んじゃ。また検証を繰り返すんだな?」


 「うん。ハウスなら自由に検証出来るからね。ただ、明日は深川さんと買い出し当番だ」


 「深川さん⋯⋯」


 深川がボソリと自分の苗字を呟いた。

 しまった⋯⋯と思った時には遅かった。

 陽介と翼妃からキツイ睨みが飛ばされた。


 翌日、僕は陽介から買い出し用のお金とメモとエコバックを渡されていた。

 その手はワナワナと震えている。


 「頼んだぞ」


 言葉に僅かな苛立ちが含まれている気がする。

 何故だか、笑顔なのに裏に闇を持っている気がした。

 凄い圧だ。

 昨日の戦いでさらに成長したのだろう。とても強い相手だと本能が告げる。


 僕は深川とハウスを後にして、近くのスーパーへ向かう。

 昨日の夜は大雨が降っていたので、まだ地面が濡れているし水溜まりも多い。

 滑りやすくなっているだろうから、注意が必要だな。


 「あの。黎弥」


 「はい」


 「私も下の名で呼んで欲しい。私だけ壁を感じる」


 「うん。⋯⋯頑張るよ」


 「そっか」


 会話が続かない。

 特に話す内容や話題がある訳では無い。

 気まづい空気が続く。


 魔法の話でもしようか。

 唯一魔法を扱う事の出来る深川には魔法について色々と聞きたいのだ。

 僕の強化⋯⋯と言うかユニークスキルも魔法に近い力だから。


 「わっ」


 僕が悩んでいると、水溜まりに滑って転びそうになる深川。

 すぐに反応出来た事もあり、僕がギリギリで深川を支える事が出来た。


 「だ、大丈夫?」


 「ありがとう」


 立ち上がらせると、スカートに泥が飛んでいる事に気づく。

 水気は取っておくべきかと思った僕はハンカチを取り出して渡す。


 「良かったら使って」


 「いや。私は穢れてるから大丈夫。ありがとね」


 「何それ。深川さんは穢れてなんか無いよ?」


 僕は当たり前の事を言っただけだ。

 だけど、深川は枯れたような薄ら笑いを浮かべた。

 そう言って来ると分かっていたかのように、元気の無い笑みだ。


 「アナタも皆も優しい。こんな私にそうやって優しくしてくれる」


 「僕には分からない。どうして君が自分の事を卑下してるのか。でも理由は聞かないよ」


 きっと聞いて欲しくない内容だ。

 僕は気づいている。ハウスに集まる人は絶対に訳ありだ。

 そもそも家出した少年少女なんて何かしらあるに決まっている。


 自分を卑下してしまうような過去があるなんて想像は可能だ。

 だから深く聞く必要なんて無い。


 「君は凄いよ。火魔法や水魔法を使えるんだから」


 「そんなのは練習したら誰でも使えるよ。私が使えるのはその程度の魔法だけ。水魔法なんて生活に必要な最低限」


 「それでも凄いよ」


 僕はしゃがみ、深川の濡れた箇所にハンカチを押し当てる。


 「何やってるの」


 深川は慌ててスカートを引いて離れる。


 「急にやってごめん。だけど見て欲しい。このハンカチは泥水で汚れた。だけど深川さんで汚れた訳じゃない」


 「え?」


 戸惑いが見える。

 僕は皆の事を全然知らない。

 深川がこんなにも自信を持っていないとは思わなかった。


 「深川さんは⋯⋯静香さんは穢れてない。誰が何をしたって何を言って汚れてなんか無い。自分で自分を卑下しないでよ!」


 「そんな⋯⋯つもりは」


 「僕は翼妃さんに拾われる前は虚無で生きて来た。生きる意味も分からず死ぬ勇気も無い、ダラダラと生きた人間だ。だから僕は皆が眩しく見えた。自分達の力で生きる皆が。当然静香さんもだ」


 「私は⋯⋯あの二人程立派じゃない」


 その言葉は僕に効く。効果抜群だ。

 皆の足を引っ張って、ただ悔しくて皆を見ている事しか出来ていなかった。

 だけど、エルダーゴブリンの時もジャック・ザ・ツリーの時も静香は二人と並んで戦えていた。


 立派じゃない?

 十分立派じゃないか。それ以外に何がある!


 「そんな事ない。ある訳が無い」


 「そうかな?」


 「そうだよ!」


 俯いている静香に向かって僕は叫ぶ。

 周りの目なんて気にしてられない。

 今、僕の気持ちを言わないと後悔する。


 「僕は静香さんを尊敬してる。魔法士でありながら前に出て臆する事無く戦える君を。二人と並んで戦えている君を」


 それだけじゃない。


 「エルダーゴブリン戦の時、恐怖した僕を叱咤してくれた。凹むなと、下を見るなと言ってくれた。僕はその言葉に救われた!」


 僕は翼妃に拾われた。彼女に救われた。

 だけど、陽介にも静香にも救われているんだ。

 僕は皆がいたから、生きたいと思えるようになったんだ。

 生きている意味が分からない昔の自分とは違う!


 「そんな君がどうして卑屈になるのか、下を見るのか。きっと何か思うところがあるんだろ。だけど関係無い!」


 「何を⋯⋯」


 「今の静香さんは誰にも否定されない。させない。それでもまだ自分が穢れていると戯言を世界に刻むなら、僕が君に憧れている所を、褒めれる事を全部口にしてやる!」


 僕を叱咤してくれたあの静香は本気だった。

 こんな拾われた子猫のように丸まった人じゃなかった。

 何がそうさせたのか。トリガーはなんなのか。


 もはや眼中に無し。


 「僕は魔法を使える静香さんを尊敬してる。生活レベルの魔法程度? 僕は使えない!」


 「それは魔石を使ってないからで⋯⋯」


 「テニスだってラケットを使う。ラケットを使ったから上手いと思う人がいると思うか! 魔石を使って魔法が使えるのは凄い事なんだ! ぶっちゃけ凄く羨ましい!」


 「ふぇっ」


 素っ頓狂な声を出された。


 「それに魔法への理解だって進んでるし教えて欲しい。一緒に僕のユニークスキルの検証にも付き合って欲しい! きっと静香さんにしか気づけない何かがあるから!」


 「も、もう良いストップ! 周りの目もあるから落ち着いて」


 「静香さんが自分を卑下する限り僕は続ける」


 「わ、分かったからもう止めて。私が悪かったから!」


 「静香さんは何も悪く無いよ! だって⋯⋯」


 「もう止めて!」


 静香が本気の叫びを吐き出したので、僕は静かに続ける事にした。


 「大きさの問題じゃない! 分かったから⋯⋯ありがとね」


 「事実だからね」


 「ほんと、皆優しいな。陽介も翼妃も同じ様な事を言ってくれる。その優しさに漬け込んで、私は忘れてしまうんだよほんと。こんな⋯⋯」


 僕は続きを言った瞬間に上書きする構えを取っていた。

 それが分かったのか、静香は言葉を止めて話を変えた。


 「早く買い物終わらせて帰ろ。検証続けたいんでしょ? 陽介達も待ってるし」


 「うん」


 「⋯⋯ハウス132班へようこそ」


 何かボソリと呟いたと思うが、上手く聞き取れなかった。

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