第15話 ディナー前の密談~大崎葵side~



「葵、あの駅で会った男と最近どうなの??」

「ふぇ??」



 私が通う桜田女子大学の食堂の一角。

 おしゃれな内装とリーズナブルで美味しい学食で毎日昼間は混雑しているここでも、授業が始まればホテルのカフェと思えるぐらいの静けさを取り戻す。


 そんなおしゃべりするにはもってこいの環境で、買ったばかりの温かいカフェラテに口を付けた途端、若干お咎め口調で言葉を投げてきたのは向かいに座るロングヘアーの女の子。

 艶やかな髪は同性でも羨むもので、仕草一つひとつが洗礼されていて同い年とは思えないほど妖艶に見える。

 さすがは読者モデル。同じ事務所で昔から知っているとはいえ、見習うべきところは山ほどあるなぁ……




「葵って、その男にお熱じゃん??」

「お、お、お、お熱って!!う、上野さんはそんなんじゃなくてっ!!」

「どう考えてもお熱でしょ??そりゃあ自分が困ってるときに助けてくれて、話を聞けば性格もイケメンみたいじゃん。そりゃあちょっとは気になるのは自然じゃない??何しろ私に会わせようとしてくれないのがいい証拠」

「うぅ……」



 でも、こうしてたまに的確に詰められるのは変わらず苦手だ。

 私の性格を熟知しているからこそ出る言葉の数々は、的を射た指摘ばかりで頭が上がらない。



「あんなぁ……」

「何??この前、電車の中で私に剛速球の牽制球投げてきたのにどうして泣きっ面なの」

「私ってちょっと重めかなぁ……」

「どう考えても重いでしょ。付き合ってもない男のこと必死にガードしようとして。そういうのは付き合ってからにしないと嫌われるわよ」

「うえぇぇぇ……」



 杏奈は容赦なく私の心をえぐる言葉を飛ばしてくる。

 私が本当に半べそをかいていてもこの子は一切手加減してくれない。美人は怒らせたら怖いというけど、これは真実だと思う。



「いいじゃない。明日、仕事後にディナー誘われてるんでしょ??その時に告って完全に手中に収めてしまえば??」

「そ、そ、そんなことできるわけないじゃない!!上野さんとは友達になったばかりなんだから!!」

「その友達っていうのもなんか胡散臭いの。もとから気になっていたんだから回りくどいことしないでストレートにいけば??」

「そんなのできたら苦労しない……」



 もにゅもにゅと口を動かしてごまかそうとしても、目の前にいる女の子はそう簡単に逃がしてはくれない。

 その証拠に、杏奈の前に置かれているブラックコーヒーは一切口が付けられていない。長丁場を見越してるのかな。授業ちゃんと行ってほしいけど……



「何が葵を縛るわけ??スキャンダルで仕事が減るとか考えてる??それとも向こうが彼女持ちとか??」

「二つとも違うけど……」

「じゃあ何……」

「うん……」



 私はマグカップを手に取って、少なくなったカフェラテを見つめながら少しずつ胸の内を打ち明ける。

 見ているのはカップの中だけど、杏奈の目がこっちをちゃんと見ているのは何となくだけどわかる。だから、こんなことも言える。



「私、声を掛けられることはあっても、自分から声かけたこととか、ましてや誰かに意識が向いちゃうなんてなかった。女優の大崎葵じゃなくて、普通のどこにでもいる女の子として、何をしたらいいのかわからなくなってきて……」

「え、そんなこと??」

「そんなことも何も、女の子から声かけるのも大丈夫かなとか考えてたんだからね!?」



 私が真剣に話したのに、杏奈はあっけらかんとまるで「そんなのもわからないの」と言いたげに自分のカップに口を付けて、一気に中身を飲み干した。なんか、胃があれそうだけど。



「自分の気持ちに正直になれば??そうしないと縮む距離も縮まらないし、意識も向いてくれないんじゃないの??何事も待ってるだけじゃスタートできない。この業界にいれば嫌でもわかることでしょ」

「そ、それはそうだけど……」



 確かに、自分から行動を起こさずに生き抜くことができるほど、この業界はそんなに甘くない。

 努力すれば成功できるわけでもない。与えられた小さなチャンスをものにして、誰かの目に留まって、その中でも期待以上の成果を出し続けることができた人だけが立つことが許される世界だ。

 それと上野さんとの関係が一緒って――



「まさか、葵、告白って一回きりだとか思ってないでしょうね」

「えっ??普通は一回だけなんじゃ……」

「そんなわけない。諦めずに何度も相手に向き合うことで意識してもらえることもあるんだから。オーディションもチャンスがあればいろいろと対策できるんじゃない??」



 杏奈はそう言って可愛らしいウインク一つ飛ばすと、トートバックを持って席を立つ。

 慌てて時計を見るともうすぐ次の授業が始まる時間。もうそんなに話していたなんて。



「じゃ、ウチは授業行ってくるから」

「ちょ、ちょっとだけ待って!!あと一個だけ!!」

「な、なに」



 せっかくの機会だからもう少し杏奈からヒントが欲しい。

 何かないかな。どうにか上野さんとの関係を進められそうな……



「あ、あのさ……」

「ん……??」



 今考えれば、この時の妙な焦りから徐々に歯車が狂っていったんだと思う。

 そうじゃないとあんな――



「――時ってどうしたらいい……??」

「その話もっと詳しく」



 そう言ってドカンと椅子に座りなおした杏奈と一緒に、明日に向けての作戦会議が始まってしまったのだった。

 もちろん、二人して授業には行けなかったけど、これはもう仕方がないかな。


 だって、自分のチャンスのためだもんね。

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