第43話:離れる心、変わらぬ絆
火球が、視界を覆った。
ユリカが放った炎だ。キーマンが武器をしまい、呪文を編んでいる。
いまの俺にできるのは、ただ――走ることだけだ。
「キーマン!」
そう叫んだ直後、世界が遅くなる。
俺は死なない――たぶん。
でも、全身をあの炎で焼かれたら、どうなってしまうのか。
想像したくもなかった。
炎が蛇のように空を這う。全身が熱い。皮膚が焼かれている。
いま、俺は全裸だ。なにも守ってくれない。
客観的に見れば、素っ裸で美少女に駆け寄る男――
豪火に焼かれても文句を言えない状況ではある。
しかし、キーマンは救ってくれた。
俺の背を、何かが激しく叩いた。衝撃で視界が揺れる。
強風――キーマンの魔術だ。火球は俺の右を掠め、背後で爆ぜた。
全身を、熱風と礫が叩く。耳がキーンと鳴る。
だが俺は、止まらない。
ユリカが、また手を上げる。
後頭部の光が、焼けるように煌めく。
一瞬、ユリカの動きが止まった。キーマンの魔眼の効力だ。
――させるか!
俺はそのまま飛び込んだ。
ユリカを抱きしめる――全裸で。
あまりにも細い体。されるがままで、まったく抵抗しない。
そのまま心を全開にする。
傷つけるなら、傷つければいい。
壊すなら、壊せばいい。
侵食するなら、すればいい。
俺は炎の巫女に、全てを差し出した。
音が消えた――
真っ白な世界。
覚えがある。水の神殿で、ショロトルと会った場所だ。
ユリカがいた。
黒い炎をまとって、立ち尽くしている。
「ユリカ、帰ろう」
俺は呼びかけた。
ユリカが微笑んだ。
「分かるんだな?一緒に行こう」
駆け寄る俺に、ユリカは静かに首を振った。
ユリカの背後で、白い世界が割れた。
黒い闇が噴き出してくる。
「待て、ユリカ!」
ユリカの口が動いた。
声は聞こえない。でも――分かった。
――あたしを止めて。
闇が少女を包み、何も見えなくなった。
「――ハッ……!」
俺は目覚めた。
腕の中にユリカはいない。
「ダメだったか……」
キーマンの声には哀しみが滲んでいた。
「ちくしょう……!」
涙が溢れた。
「俺はまだ……まだ、ありがとうも言えてないんだぞ!」
ばさりと、何かが肩に当たった。
血で汚れた服だった。
「礼を言うなら、服くらい着ろ。行くぞ」と、キーマンが言った。
俺は服に袖を通し、クヴァからもらったナイフを拾った。
そのナイフだけは、炎の中で燃え残っていた。
◆◆◆
「ナティラさん!」
崩れた建物の陰にうずつまる黄色いツナギを見つけて、サリナは駆け寄った。
「……サリナ……?」
ナティラの目は朦朧としていた。
口の端に黒い粘性の液体がこびりついている。
サリナはそれを、自分の袖でぬぐった。
「ここは危険です。動きましょう」
肩を貸して、立ち上がらせる。
ナティラの体には、ほとんど力が残っていないようだった。
「……ルスカは?」
「無事です。戦っています」
「……会いたい……」
素早く周囲を確認する。幸い、戦火は遠い。
サリナは、負傷者が集まっている戦場の外へと歩き出した。
水の神殿を一緒に出た衛士は、もう半分になっていた。
巨人も数を減らしているはずだ。
そして、敵は次々に湧いてくる。
心都の住人が異形化していくのだ。
「このままじゃ、全滅だ……」
考えたくないが、戦況は厳しい。
「――敵!?」
視界の端に動くものを認めて、サリナは視線を巡らせた。
煙の向こうに、移動する影がある。
それは風をまとっていた。ふわりと浮き上がり、建物の陰に消える。
サリナは即座に術式を組み始めた。ナティラを守る盾だけでも張らなければ。
だが、次の瞬間、その影が目の前の瓦礫から飛び出した。
一瞬で頭上を取られ、サリナは慌てた。
いま攻撃されれば、終わりだ――
必死で風の盾を張る。
だが、攻撃は来なかった。
白い翼が、ふわりと眼前に降り立つ。
「どうした、お前らしくもない。怪我をしているのか?」
低い声が言った。
「ハール!」
白頭の鷲が、サリナを見下ろしていた。
「加勢に来てくれたの?」
風の神殿の衛士長ハール=ヴィオレは空をふり仰いだ。
明け方の空に、いくつもの翼がはためいている。
風の衛士たちが、空中を移動する異形に戦いを挑んでいた。
「遅くなって悪かった。上の頭が硬くてな」
ハールは、サリナの頭にポンと手を置いた。
「それで、戦況はどうだ?」
「ナティラを――この人をまず戦場から出したいの」
「承知した。向こうで状況を聞かせてくれ」
ハールは、そのたくましい両腕に二人の女性を抱えて、軽々と舞い上がった。
サリナは久しぶりに空から心都を眺めた。
歓楽街を中心に、街はほとんど壊滅していた。
黒い塊があちこちで蠢き、人々に襲いかかっている。
――ああやって、異形を増やしてるんだ。
「教団はここで、異形の神を呼び出す気だ」と、ハールが言った。
「そのためにこんなことが必要なの?」
「できることは全てやる気だろう。だから巫女を心都に呼んだ」
つまり、サリナたちは、まんまとおびき寄せられたわけだ。
「異形の神が降りたらどうなるの?」
「……世界が終わると言われている」
ハールの声は真剣で、それが冗談などではないことが伝わった。
――わたしにできることを、ひたすらにやる。まずはナティラさんの回復だ。
サリナは心を強くして、負傷者が集まる広場に降り立った。
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