第44話:青き真紅の一閃、闇を穿つ!

ルスカの光剣が、闇の奥の核にとどめを刺した。

巨大な熊に似た魔物が、胴体から二つに割れて崩れ落ちる。


――手間取った。急がなくては。


足元に倒れている魔物は三体。

どれも手強い相手だったが、万全ならここまで苦戦することはない。


左半身の感覚が戻らない。

薬草屋の女が吐いた闇に触れたせいで、筋肉が内側から焼けつくように疼いている。

識心の流れも――ほとんど感じられなかった。


ルスカは顔を上げ、戦いの音が響く方角に目を向けた。

黒い巨大な腕が空を割って突き立ち、地面を薙ぐ。

爆風に、ルスカの栗色の髪が大きくなびいた。


そのとき――黒い炎をまとった少女が空を翔けた。


「――巫女ユリカ!」


ルスカは叫び、走り出す。


すぐに、広場へと出た。

そこでは三人の戦士が、影と火の只中で戦っていた。


ひとりは、血の盾を展開する少女――アマヤ。

他の二人は、影手。ヴォルトを「自分たちの獲物」と呼んでいた者たちだ。


中央には、異形と化したヴォルトがいた。

影の腕を振るい、瓦礫と肉片を飛散させている。


「副長……」


瓦礫の陰からかすれた声がした。

見ると、カオリオが腹を押さえ、膝をついていた。

腕の隙間から覗いた傷口には、血と――黒い粘液のようなものが滲んでいた。


「来てくれたか……助かります」


「傷は?」


「問題ありません――副長こそ、左が……」


ルスカの左半身には、黒い血管のようなものが浮き上がっている。


「……動く」と、ルスカは短く答えた。


ルスカは膝をつき、カオリオの腕をどけた。

そこには、裂けた肉の奥に、黒くうごめく闇があった。


「……回復は、できないのだな」


「はい。識心が動かせません」


「……そうだな」


ふたりの間に、しばし沈黙が落ちた。


「異形になる前に、一矢むくいます」


カオリオの声は落ち着いていた。

その目には、ルスカと同じ覚悟が宿っていた。


「無理はするな。サリナかナティラが来れば、あるいは何とかなる」


ルスカは立ち上がった。


かつて守るべき存在だった巫女アマヤが、いまや禁術を用いて戦場に立つ。

その成長を受け入れ、共に戦う者と認めたのは――この自分だ。


「援護は不要。お前はここで待機だ」


「……はい」


カオリオは悔しげにうなずいた。


ルスカは光剣を握り直す。

無音のまま、光の刃が形を成した。


そのとき、背後で瓦礫を踏む微かな音がした。

反射的に振り返り、ルスカは光剣を構えた。


「オクシトです。ルスカ副長、ここでしたか」


そこには、気圧銃を構えたオクシトがいた。

傷だらけだが、致命傷はないようだ。


「いいところにきた、カオリオを頼む」


「しかし、副長も侵食が……」


ルスカが言葉を紡ごうとした、その刹那――


「ユリカ!」


男の叫び声がした。

振り返ると、異世界から来た青年――景山ナレの姿があった。


彼もまた、この戦場へと辿り着いた。


「私は行く。お前たちは味方の回復を頼む」


ルスカは左足を引きずりながらも、一歩を踏み出した。

いま、この夜の全てが、この戦場に集まろうとしていた。


◆◆◆


ユリカは黒い炎をまとって空中にいた。

アーマ=ヒのヒーちゃんが寄り添っているが、ヒーちゃんもまた闇に飲まれているようだ。


「いっそのこと連中を退かせた方がいい。ユリカとヴォルトで戦わせるんだ」


キーマンが隣に来て、言った。


「ユリカはどうなる?」


「我らは援護にまわればいい」


俺たちが話している間にも、ユリカがアーマ=ヒの背に跨る。

俺はそれを見て、彼女がすでに自分を失っていることを知った。


『あたしはね、最初っからヒーちゃんには乗らなかった。

  だから仲良くなれたんだよ。ヒーちゃんは乗られるのが大嫌いなんだ』


他のアーマ=ヒが死んでいったのは騎乗のせいだと、ユリカは教えてくれた。

笑って話していたが、その目は真剣だった。


ユリカはいま、大切なヒーちゃんを単なる兵器として使い潰そうとしている。

俺は黙っていられなかった。


「ユリカ!」


――!!


叫んだ俺の目の前に、闇を吹き上げて、ヒーちゃんが現れた。


アーマ=ヒの加速だ。


ヒーちゃんが、鋭い前脚を俺の腹に向かって突き出す。


――間に合わない!


脳の命令が脚に届くまえに、俺は串刺しにされるだろう。


ざんっ!


光が閃いた。

切り飛んだのは、ヒーちゃんの脚だった。


光剣が、美しい軌道を描いて正眼におさまる。


「回れ!」と、ルスカが言った。


俺は地面を蹴って、ヒーちゃんの側面に回り込んだ。


だがそのときには、頭上で巨大な火の玉が生成されていた。

表情もなく俺を見るユリカと、目が合った。


『あたしを止めて』


言葉もなく伝わってきた彼女の願いが、ユリカの声で聞こえた気がした。


――だから、俺のところに来たんだな。


俺はユリカに向かって跳んだ。


「何度でも焼け、ユリカ!」


激痛を覚悟して叫んだ俺の眼前に、真っ赤な膜が現れた。


膜が火球を包み、爆発的に蒸発する。

白く熱い蒸気が、タンパク質が燃える臭いとともに吹きつけた。


「熱っつ!」


俺は吹き飛ばされて、地面に落ちた。

ユリカとヒーちゃんは、逆巻く蒸気を残して、一瞬で視界から消えた。


「大丈夫!?」


駆けつけてきたのは、血と泥で汚れた服を着た、黒髪の美少女――アマヤだった。


「ああ、助かったよ」


俺は立ち上がり、金冠の瞳を見つめた。


――この少女が俺のベッドに現れて、すべてが始まった。


あれから、まだ数時間しか経っていないはずだ。

それなのに、はるか昔のように感じる。

会社から帰ってベッドに倒れた込んだ俺と今の俺は、まるで別人だ。


「ユリカはどうしてしまったの?」


アマヤが、俺とユリカの関係を知っているはずはないが、

頭の良いアマヤは、状況から俺が何か知っていると感じたのだろう。


「ヴォルトに何かされて暴走してる。

  俺はユリカの中で、得体の知れない奴を見た。たぶんそのせいだ」


アマヤは瞳を少し動かしたが、何も言わなかった。


「影手を退かせる。一緒に来てくれ、風の巫女」


キーマンがアマヤのすぐ横に来て、言った。

アマヤはキーマンを見て、俺を見た。


「いまのユリカは見境がない。ユリカを援護する形の方がいい」


俺の言葉を聞いて、アマヤはキーマンとともに駆け出した。


俺も、すぐに後に続こうとしたが、

瓦礫の向こうに動く青い影を見つけて立ち止まった。


巨人の巫女だ。


――クヴァ……良かった、無事だったのか。


クヴァは、青い巨体を弓なりに、しなやかに反らせた。

片手に握った巨大な槍が、赤い血の奔流をまとって力を溜めている。


背筋、肩、腕、脚――そのすべてが、ただひとつの動作のために存在しているかのようだった。


臨界点に達した力を、クヴァが解放する。

まるで彫刻のように美しい肢体から、槍が唸りを上げて飛び出した。


青白く明け染めた空を、真紅の直線が走る。

それは、ユリカとヒーちゃんを黒腕で押し潰そうとしていたヴォルトの胴体を、真正面から貫いた。


衝撃音が、遅れて俺の耳に届く。


ヴォルトの体は二つに裂けていた。

呆然とした表情の魔影使いに――ユリカが火球を叩きつけた。

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