第6話

結局その日は定時まで会社にいた。

課長以外の人に頼まれごとをされたりして、帰ろうにも帰れなかったのだ。

それでも課長の目は気になるから、とっとと逃げようとは思っていたけど。



増「チャマー。今日ってもう帰れる?」

直『あ、ヒロ』



サービス残業上等のご時世に、5時でこの笑顔。

同期の増川弘明だ。



直『おまえ、帰んの?』

増「うん。升さんがね、帰れる時は帰ろうって言ってくれて」

直『いい先輩だねぇ…』

増「もしチャマも大丈夫なら、一緒にどう?」



そう言ってヒロが見せてきたのは、新しく出来た居酒屋の割引チケットだった。なるほど。



直『行こうかな』

増「やった!じゃ待ってるね」





適当なところで仕事を終わりにして、お先に失礼しまーすと声をかけた。

フロア内のあちこちから、「お疲れー」とか「また明日」とか声が飛んできたけど、課長はこっちを見ることもなかった。

…そうだよな。



直『おまたせ!』

増「あぁ、もういいの?大丈夫?」

直『うん。腹減っちゃった、早く行こうぜ』

増「だよね!これ、ほら、6時までに入れば半額だってよ」

直『酒だけじゃん!メシも半額にしろよー』

増「あはははは」



ヒロの笑い声には何の裏も感じられなくて、それが無性に嬉しかった。

前はこんなこと思わなかったのにな。

俺、疲れてるのかな…



増「チャマ?」

直『え?』

増「なんか疲れてる?昨日も遅くまで残ってたんでしょ」

直『えっ。う、うん、まぁ…』



ギクッとする。なんでおまえが知ってるんだ。

いや、昨日も残業してた人は結構いたし、おかしくないか。



増「それとも寝不足とか」

直『あー、それもあるかも』

増「また何かゲーム買ったの?」

直『まぁね』



適当に返事をしているうちに居酒屋に着いた。

注文を済ませたところで、ヒロの携帯が鳴った。



増「あ。升さん」

直『え、マジ?仕事?』

増「わかんない。チャマとこの店行きたいんですって話は今日したから、わかってると思うんだけど」


――もしもし、増川です。はい、はい…えっ?



ちょっと喋ったヒロが、俺の方を見てきた。



増「チャマ。これから升さんも来てもいいかって、聞かれたんだけど」

直『あぁ、升さんならいいんじゃん?』


――あ、もしもし?OKでーす。はい、待ってますね!



なにげなく言った、その数十分後。

俺は激しく後悔することになる。

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