第7話

升「よぉ。急にごめんな」

増「全然いいですよー」

直『…!!』

藤「ごめん、俺まで飛び入りで」

増「藤原課長!どうぞどうぞ」



どうしてこの人までいるんだ。硬直する俺をよそに、ヒロがにこにこと2人を招き入れる。

あぁ、そうだ。ヒロも課長のことを普通に尊敬してたんだっけ。

そういう意味では、先月までの俺と同じようなもんか。



増「俺たち今、わりと食べてて…あ、注文これ、どうぞ」

升「おまえ飲む?」

藤「うん。あと…これ食べたいな」

升「じゃあこれと、これと…」



3人はいたって楽しそうだが、俺はそれどころじゃない。

どうしよう。全部で4人もいるんだからいきなり変なことになるはずないのに、もう全身がヤバいと訴えてる。



直『…あのっ!』

増「?」

升「どうした」

直『すいません…。俺ちょっと、体調悪いんで』

増「えっ?そうだったの?」

直『ごめんなさい、帰ります!ほんとすみません!』

藤「………」



千円札を何枚かテーブルに叩きつけると、店を飛び出した。

ヒロと升さんが俺を呼ぶのが聞こえたけど、全部無視してしまった。

あぁどうしよう。最悪だ、俺…





必死で走って、地下鉄の駅に駆け込んだ。すぐ前に見える改札。ええと、定期定期…早く出さないと…

手が細かく震えていて、自分のことながらおかしくなってきた。もしかしたら本当に熱でもあるのかもしれない。



藤「直井!!」

直『うわっ!!』



課長の声が意外と近くから聞こえてきて、俺は文字通り飛び上がった。

追いかけてくることを予想していたのか、していなかったのか。

とにかくつかまったら終わりだ!

そう思うのに、足が動かない。

本当に進退窮まると、人は真夏でも凍りつくものらしい。不必要なことを我が身で学んでしまった。



直『触るな!!』

藤「…直井?」

直『さ、わらないでください…俺、ひとりで、帰れますから!』

藤「……」

直『俺はあんたの慰み者になるために、あの会社にいるんじゃない!』



いやだ。もういやだ。

俺はこの人にいいように遊ばれたくなんかないよ。



直『先月、俺のこと助けてくれたの…本当に嬉しかったです。課長は憧れの人だったから。それからも一緒に仕事ができて、すごく楽しいし、勉強になったし』

藤「……」

直『でも課長は、そうじゃなかったんでしょう。ちょっと優しくしたらすぐ体まで言うこときくようになった、手軽なオモチャでしかないんでしょ?』

藤「直井、それは」

直『俺はそんなの嫌だ!ぜってぇ嫌だ、ふざけんな!課長なら、遊び相手でも彼女でもいくらでも作れんだろ!気まぐれで俺に触るんじゃねぇよ!!』

藤「おい」



そこで、なんだか地面が回っているような感覚に襲われた。

あれ?なんか変。地震か…?



藤「直井!おい!しっかりしろ!」



課長の声がすごく上の方から聞こえる気がした。

どうしたんだ?と思うまでもなく、目の前が暗くなる。





あとから聞いた話では、その時、課長が俺の体を支えてくれていたらしい。


前日の資料室でのこと。夜はろくに眠れなかったこと。

昼飯も食わずに会議室にしけこんだこと。

それから一気に酒を飲んで、挙句の果てには駅までダッシュ。


体調が、というのは、あながち嘘でもなかった。

熱を出して倒れる要素は、結構そろっていたようだ。

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