◆8月

第2話

藤「直井!まだか!」

直『今行きます!』



暦はすぐにかわり、8月に入った。

先月の一件以来、俺は課長の部下…というか手下というか、パシリというか、付き人?

そんな感じのポジションにおさまっている。



直『必要なものはそろってます。こっちが契約書で、控えと…』

藤「図面のコピーは」

直『あります。A3でいいんですよね?』

藤「うーん…できれば大きい方がいいな」

直『あ、じゃあ資料室にあります。取ってきますね!』



急がないと。確かあれは奥の棚にあるはずだから、探してコピーして…

待てよ、でっかいコピー機は二階にしかないから…

あれこれ考えながら資料室に飛び込み、一番奥の棚に飛びついた。

でも焦っているせいか、なかなか見つからない。



藤「ないか?」

直『あっ、すみません』

藤「俺も探す。この辺?」

直『そのはずなんですけど』



――ばさばさっ。がたん。



あちこち触っていたら、課長も慌てていたのか、派手な音とともに箱やら書類やらが落ちてきた。



藤「あぁ、悪い」

直『あれ?…待ってください、これかも』

藤「え?これが?」



どうしてこんな箱に詰め込んであるんだ。

今動いてる仕事の資料だってのに。



直『あーもう!1回整理しないとダメだなぁ、この部屋』

藤「じゃ、帰ってきたらやろうか」

直『えっ。いや、それは俺が。課長はそんな、下っ端の仕事は…』

藤「けど、おまえだけにやらせるのもなぁ。2人でやれば早いだろ?」

直『…はい』



にこっと邪気なく微笑みかけられて、思わずうなずいてしまった。

課長に憧れている女性社員なんかに見られたら、俺は嫉妬で殺されるかもしれない。

でも、まんざら悪い気分でもない。



直『行きましょう』

藤「ああ」



今日の仕事も充実している。

課長にくっついていれば、いい仕事を一番近くで見られるんだから。








直『ただいま戻りましたー』

藤「うぃー」



夕方になって出先から帰ってみると、課内は留守番兼パソコン保守係を残して、みんな出払っていた。



直『皆さん、まだみたいですね』

藤「そうだな。今のうちにやっちゃうか?資料室」

直『あー。でも、お疲れじゃあ…』

藤「夜遅くまで残るより全然マシ」

直『それじゃ、お言葉に甘えて』



2人で、上着を椅子の背にかけた。

クールビズとはいえ、人と会う日はきちんとネクタイを締めている。



きぃっと音を立てて、資料室のドアが開いた。

建物の端っこにある、廊下の行き止まり。

窓のない部屋は、埃っぽくて蒸し暑くて―――そして、とても静かだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る