7月

第1話

藤「おまえらしくないミスだな。気を引きしめろ」

直『…すみませんでした』



やっとの思いで取引先のビルを出ると、太陽は真上にあった。

朝一番で頭を下げに来て、もう3時間以上になるか。

スーツの上着を脱いで肩にかけた課長が、数歩先を歩いている。

本当に悪いことをしてしまった。



昨日の夕方になって発覚した自分のミスは、この3ヶ月ほどかけて課のみんなで進めてきた一大プロジェクトに関わるものだった。


いや、ミスなんて甘いものじゃない。

あと少しで、案件そのものが流れてしまうかもしれなかったんだ。

俺だけではなく課長もここにいるのが、何よりの証拠だ。


いいわけの言葉も見つからず、ため息をつくことすら憚られて、とぼとぼと歩く。

と、前の方から視線を感じた。

思わず顔を上げると、課長がネクタイを緩めながらこっちを見ていた。



藤「なぁ、腹減らないか」

直『えっ』

藤「俺減ったんだよ。このまま昼メシ付き合ってくれない?」

直『え、あの、でも』

藤「決まり」



そう言うと、課長が手を上げる。

すべるような滑らかさで、タクシーが俺たちの目の前に停まった。



藤「蕎麦食いたいなぁ、天ざるとか。おまえは?」

直『…はい』

藤「ハイじゃわかんないよ。何がいい?」

直『…蕎麦で』



遠慮がちにそう言う俺を見て、課長は困ったように微笑んだ。

車に乗り込み、少し遠い所にある店の名を告げる。



藤「懲りたか?」

直『……』

藤「仕事、やめたくなった?」

直『いえ!』



反射的にそう言う俺に、課長は少し驚いたような顔をした。



直『やめたくありません。こんな失敗したまんまでやめるなんて、逃げるみたいで嫌です。かっこ悪いし、チームのみんなにも迷惑かけっぱなしだし』

藤「…そっか」

直『もう一度頑張ります。今度こそ課長に迷惑かけずに、俺の力で仕事を成功させますから!』



よほど壮大な決意に聞こえたのか、最初は驚いていた課長が、途中から座席に沈み込んで笑い出した。



藤「いい根性じゃないか」

直『あ…ごめんなさい。俺、なんか偉そうに…』

藤「そうだな、2年目のくせに生意気だ。でも」

直『?』

藤「気に入った」

直『…どうも』



どう答えていいかわからない俺の手を、課長がぽんぽんと叩く。

藤原基央、28歳。

異例のはやさで出世した、社内のホープ(だと聞いている)。



藤「着いたら起こして」

直『…はい』



あっというまに眠りに落ちていく横顔に、内心で感謝した。

きっと昨日俺たちが帰った後も、一人でフォローとか穴埋めの仕事をしてくれたに違いない。



直(メガネ、とってあげた方がいいかなぁ)



無意識のまま俺の方に寄りかかってくる体を支えながら、そんなことを考えた。


重なったままの手がやけに熱く感じる、7月のこと。

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