第22話

そっと、赤い髪に指がかかります。

そのまま勢いよく引き倒すように、布団の上に2つの体が重なりました。



藤「どうしてよけねぇんだ」

直『よけてほしい?暴れてほしいの?』

藤「…てめぇ」

直『そんなさみしそうな目、すんなって』

藤「誰が」

直『おまえだよ!自分の顔、ちゃんと見ろ。すごく危なっかしい顔してる』



挑むような由文くん。相手も自分も殺してしまいそうな目をした藤原くん。

恋情というより、戦地で自分の内面をさらけ出すような、突然迫りくる緊張感。



直『どうしたい?』

藤「なに?」

直『俺をどうにかしたい?それならすればいい。殺したいなら殺せよ。それでおまえが幸せになるんなら』

藤「…おまえ、本当にウリやってたんじゃねぇのか」

直『あぁ?』

藤「そういうのはな、本気で惚れた相手にしか言わねぇもんだよ」



最初の行為は、人と人とのつながりというより征服欲に近いものだったかもしれません。


唇より首筋に痕跡を。

声がかすれても手足がぶつかっても、それでもやめたくない。

溢れる涙をぬぐいもせず、落ちる汗もそのままに―――



直『あ…あぁっ…』

藤「な、おい…っ」







布団が湿り気を帯び、障子一枚隔てた空に浮かぶ太陽が少しずつ傾いていきます。

2人の体はそれでも触れ合ったまま、果てを見ていました。



直『ふ、じ…くん』

藤「ん…?」

直『ごめんね…俺、さっき…きみを責めたかったわけじゃないんだ…』



途切れ途切れの声に、藤原くんはそっと身を起こしました。

戸惑いがちに目を伏せる由文くんの髪を、飽きずにくるくると指に絡めます。



藤「わかってる」

直『……』

藤「なぁ、直井…あー、えーと」

直『?』

藤「おまえのこと、なんて呼べばいいか、な」

直『え…?えっと、そうだな。中学の頃まではチャマって呼ばれてたけど』

藤「チャマ?」

直『うん。おぼっちゃまくん、ほら、テレビでやってた。あれから来たあだ名なんだけどさ。今はもう呼ぶ人いないなぁ』



ほとんど“直井”ばっかり。

そういう彼の表情はなんだか幼く見えて、藤原くんは少し胸が苦しくなりました。



藤「ちゃま」

直『…』

藤「チャマ」

直『…ふへへっ』

藤「ちゃーま。なぁ、俺の呼び方さ、さっきのがいいんだけど」

直『え?どれ?』

藤「ふじくん、って。さっき言ってたやつ」

直『あ…、あれはでも、喉がアレで、ちゃんと言えなかっただけで…』

藤「いいよ。俺のことはそう呼べよ」

直『ふじ、くん?』

藤「うん」



藤くん。藤くん。何度か口の中でそう繰り返し、“チャマ”はにっこりと笑いました。



直『ねぇ藤くん、腹へらない?』

藤「ああ、そうだな」

直『俺のバイト先、レストランなんだ。まだ全然見習いだけど』

藤「へぇ…なんか作れんの?」

直『いけるよ!台所借りてもいい?』

藤「ああ、いいよ。こっち」



そう言って2人で立ち上がった途端、由文くんがとんでもない悲鳴をあげました。

どうやら体のあちこちが痛いとか、ありえないところから何か出てくるとか、そういったことのようです。



藤「…悪い。メシの前に風呂行こうぜ」

直『お願いします…』

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