第21話
きみんち、すごく大きいんだね。
家に着いた直後にそう言われて、藤原くんは目を丸くしました。
そんな風に素直な感想を聞かされたのは初めてのことです。
藤「ここが風呂場な。これ着替え。ゆっくりしろよ」
直『うん、ありがとう』
言葉少なに交代で湯をつかい、倒れこむように眠りにつきました。
由文くんからすれば久々にぐっすりと寝られる時間でしたが、枕を並べた藤原くんはなぜだかほとんど寝られず、転々と寝返りばかりうっていました。
直『おはよう』
藤「あ、あぁ…おはよう」
直『昨日は本当にどうもありがとう』
藤「う、いや、うん」
直『何かお礼がしたいんだけど、俺、何もなくってさ。特に金が一番なくて』
藤「ふっ」
朝というか、もうお昼近い時間。
明るい日差しの下で、大真面目な顔でそう言ってくる由文くんに、思わず藤原くんは笑ってしまいました。
直『あっ!なんだよ、笑うなよ!悪かったって…』
藤「そうじゃねーよ。おまえなんで怒らないの?」
直『はっ?怒るって、どうして?』
藤「おまえ、あいつらに“藤原基央のオンナ”っつって連れてかれたんだろ」
直『あー…うん…』
藤「だったら、おまえはむしろ俺を怒るべきだろ。おまえのせいであんなことに巻き込まれた、ふざけんなって」
直『そう言われてみれば、そう…なのかな?』
きょとんとした顔で考え込む由文くんを見ているうちに、藤原くんはさらにツボに入ったらしく、笑いが止まらなくなりました。
直『…笑いすぎでしょ』
藤「いや、悪ぃ…なんだかなぁ。おまえ、変わったやつだな」
直『どこが?怒らないとこ?』
藤「それもそうだけど、そもそも俺を見てビビんないとことか」
直『ビビるって何だよ。同級生相手に腰引けてちゃまずいでしょ、そんなやついる?』
藤「いすぎだよ。つーかそんなのしかいねぇ」
そう言って、さっき起きたばかりの布団にもう一度ころがる藤原くん。
興味なさげな横顔がクールと言えないこともないですが、どうも引っかかります。
直『藤原くんて、3組だよね』
藤「ああ」
直『おれ5組なんだけどさ』
藤「ああ」
直『結構聞いてるよ、きみの噂。なんか怖いとか大人びてるとか、あと家のこととか。お父さんのこととかさ』
藤「ろくな噂じゃねぇな」
自嘲気味に笑う彼に自分の方を見てほしくて、由文くんはさらに言葉を継ぎます。
直『俺は羨ましいと思った』
藤「…あ?」
直『きみが家のことを気にするのは当然だと思う。色々言われるのもいやだと思う。でもさ、力のあるお父さんがいて、帰る家があって、しかも藤原くんて強いじゃん?あと成績もいいし、俺からすればもう全部がすっごく羨ましいよ』
一気にそう言ったら、藤原くんは静かに起き上がりました。
眠そうにしていた目はいつのまにか光を帯びています。
藤「…おまえんちは、どんな家なんだ?」
彼の家で2人きり、敷きっぱなしの布団のそばで。初めて自分をしっかり見つめてくれた。
そのことが、知らず由文くんの鼓動を速くさせました。
直『おれは親ナシなの。父親は元からいなくて、母親も去年どっかの男と出てった』
藤「……」
直『こないだ俺の住んでるとこ、見たろ?あれが俺のすべてだ』
藤「…そうだったのか」
手を伸ばせばすぐ触れられる距離で、どこかに孤独を置き忘れたまま。
学校で評判の極道の息子が、たった一人の少年に囚われた瞬間でした。
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