◆承の段
第3話
増「…だから、この先はいつも通りでいいんだよ。順番に逆数を掛けていって」
升「うーん…」
増「わかんない?」
升「ごめん」
増「いや。秀夫さぁ、無理やり分数で割ろうとするから訳が分からなくなるんでしょう」
升「あぁ、そうかも。分数で割るって、そもそも何?どういう意味?」
増「そうだなぁ。…例えば、10÷1/2は、20でしょ」
升「うん」
増「これは10を1/2等分してるっていうより、10の中に1/2がいくつあるか?って考えてるわけ」
升「…20個だ」
増「そう、それだよ」
ヒロ兄がにっこり笑いました。同時にシャーペンをノートの上に置きます。
眼鏡をはずして、軽く目をもんでいるその隣で、秀夫くんはちょっと感動してしまいました。
升「すっげぇ!わかったよ、先生より全然わかりやすいよ」
増「それは良かった。闇雲に解き方だけ暗記してればいいってことでもないもんね」
直『おーい、調子はどう?おやつの時間だよー』
増「あっ!ありがとう、ちょうど一区切りしたとこ。今日は何?」
直『やまと屋の冷やし大福』
増「やった♪」
この家に来て1か月。
新しい生活にようやく慣れたと思った矢先に夏休みが始まり、秀夫くんは毎日のようにこの2人と過ごしています。
適度に冷房の効いた部屋で、ヒロ兄にみてもらいながら進める、夏休みの宿題。
チャマさんが用意してくれる美味しいごはんとおやつ。
そして手が空いたら、広すぎる家の掃除や洗濯なんかも手伝ったりします。
升「兄さんは?」
直『今日も遅くなるって。ほんと忙しいよね。ただ明日からはほら、アレだから』
増「あ、そっか。今年もそんな時期か」
升「アレって?」
増「お祭りだよ。この町内でやるやつ」
升「へ~…って、ウチの商売でお祭りに参加…?」
直『むしろ本職だよ。テキヤさんは、昔っからお手の物だもん』
升「そういうもんなの?」
増「なの」
大福を食べながらヒロ兄がうなずいているので、まぁいいかと納得しました。
直『じゃ、秀ちゃんも手伝ってね』
升「あ、うん。何を?」
直『明日は家の前で、冷凍フルーツを配るから。大量生産だよ』
升「わかった。あ、ヒロ兄も…」
直『ヒロは寝てて』
増「…やっぱりバレてたか」
升「えっ、調子悪かったの?ごめん、気がつかなかった」
直『こいつ苦しくても黙ってるからね。夕飯まで寝てろよ』
増「…はぁい」
苦笑いするヒロ兄に、内心で詫びました。
チャマさんには分かることが自分には分からない、それがちょっと悔しいとも思います。
ヒロ兄は16歳だと言っていましたが、どうやら通信制の高校で勉強しているらしく、学校に通う姿はみたことがありません。
毎日チャマさんの作ったお弁当を持って中学校に通う秀夫くんのことを、まぶしそうに見ていました。
升「そういえばさ、夏休みの間、学校のプール開放日っていうのがあるんだ」
増「へぇ?」
升「曜日が決まってて、兄弟とかも連れていけるんだけど」
増「そっかぁ。いいなぁ」
升「ヒロ兄も来ない?体の調子が良ければ、だけど」
チャマさんがちらりとこちらを見てきました。
あぁ、やっぱり駄目かな。どうせヒロ兄はプールに入っちゃいけないし、炎天下で待たせるのも良くないし。と思ったら。
直『いいじゃん』
升「え!いいの?ほんとに?」
直『調子が良ければな』
増「そうだね」
じゃあ、と言って立ち上がる後ろ姿は、どうしても弱々しい印象を受けます。
チャマさんが教えてくれた話では、生まれつき心臓が悪いということでした。
手術とかの治療法がないわけでもないのですが、本人が受けたくないと拒否しているそうです。
直『さて。じゃ、これからフルーツと格闘だよ』
升「うん」
食べ終わった大福の皿を持って、台所へ向かいます。そこに待っていたのは…
――姐さん!果物、持ってきやしたぜ!
――冷凍庫はこれでいいですかね。
基央兄さんが寄越してくれたらしいおじさま方(おそらくチャマさんファン)の面々なのでした。
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