第五章

第9話

「秀ちゃん飲もう!」という突然の電話はものすごく強引で、断れるものではなかった。

とりあえず指定された居酒屋に行ってみると、すでに出来上がっている感じのヒロがいた。



升「お疲れさん」

増「はぁー?何が?」

升「お疲れだろう。おまえ今日、遊園地だったんじゃないの?」

増「えぇえぇ、そりゃもう行ってましたよ。めっちゃ楽しかったですよ途中までは」

升「…何を飲んだら一人でそこまで酔えるんだ」



酒の力を借りまくった突き抜け方に若干引きつつ、俺もメニューを見る。

強いやつの方がいいだろう。

たぶんこれから聞かされるのは、あまり面白くない話だ。



升「チャマは?」

増「なんでそんな直球なの」

升「今日に限っては、他に話すことなんてないだろう」

増「…そうだけど」

升「藤原にかっさらわれた?」

増「おまえ殴られたいの?」

升「そんなに酔ってて殴れるんだ、へー」

増「あぁっもう!むかつく!何だよおまえ、なんで来たんだよー!」

升「呼ばれたもので」



運ばれてきた酒とつまみを口に運びながら、それでもヒロを気の毒にとは思わなかった。

いや、気の毒な状態ではあるけれど、でもあの2人の仲に割り込むことなんて最初から無理だとわかっていたはずだから。



増「…チャマに言われたよ」

升「うん?」

増「あいつが俺んとこにきた、一昨日…いや3日前かな?その時に。俺んちに上がる前に、いきなり言われた」

升「何て」

増「ヒロ、最初に言っておくね。俺はここに頭を冷やしに来ただけだ。俺が本当に好きなのは藤くんだけだ。もうこれは動かせない」

升「……」

増「俺は近いうちに絶対、藤くんとこに戻る。たとえ藤くんが俺を好きじゃなくなってても。それでも俺は藤くんのものだ」

升「あいつ…」

増「そう言われて、その場でチャマを追い出せなかった俺はヘタレかな。それともチャマに惚れてるのかな」

升「どっちも、だな」

増「はぁぁああぁ~~~!!!」



酒のグラスを握りしめたままテーブルに突っ伏すヒロは、憐れを誘う姿ではあった。そしてチャマは…



升「ひどいな」

増「え?」

升「チャマ。だっておまえ、チャマに好きって言ったんだろ?」

増「うん」

升「その上でのおまえを利用します宣言だったんだろ?」

増「……」

升「お人よしだなぁ、ヒロは」



わざと明るくそう言って、背中叩いてやった。

そうしたらタガがはずれたのか、一気にヒロが湿っぽい雰囲気になった。

うん。まぁそうしたいならすればいいさ。涙酒に付き合うのは初めてじゃない。



升「俺は藤くんのもの、ってか」

増「…うん」

升「それは、たとえ藤原がチャマのものじゃなかったとしても?」

増「そうだと思うよ…」

升「そっか」

増「驚かないの?チャマ、かなり凄いこと言ったのに」

升「いや~、まぁ。覚えがない感情でもないから」

増「えっ?嘘!秀ちゃん、そんな気持ちになったことあるの!?」

升「……」



あまりの驚きに涙がどっか行きました、みたいな顔になったヒロの横で、黙って酒をすする。



増「誰?誰?俺の知ってる人?」

升「…ノーコメント」

増「えええっ!!ずるい、誰だよ。ねーヒントだけでも」



興味津々で目が生き生きしてますね。

きみ今日失恋(?)したばっかりじゃなかったんですか。



升「背は高めで、スタイルは…細い方」

増「うんうん。え、年は?」

升「同い年」

増「てことは高校の同級生とかその辺か!よーし探してみよう」

升「……」



探すのは勝手だけど、それで最終的に万が一正解にたどり着いたとしても、文句は受け付けないぞ。

同じバンドの仲間におかしな気持ちを持って報われずにいるのは、おまえだけじゃないんだからな。



増「はぁ~。まぁ俺もさ、かなわないことぐらい、わかってたんだけどさ…」

升「うん」

増「それでもどっか期待しちゃうのが人間じゃん。もしかしたらって」

升「そうだな」



返事をしつつヒロの手から酒を抜く。かわりにウーロン茶を握らせたら、すんなり飲んでくれた。



升「それ飲んだら帰ろう。未成年だし、あんま長居しちゃマズい」

増「世間は厳しいなぁ。せめて傷心を慰めるぐらいの酒はアリってことにしてほしいよ」

升「まぁね」

増「はぁ…」

升「俺んち来る?」

増「へ?」

升「飲んで泣くぐらいなら、朝まで付き合えるぞ」

増「あぁ…うん……、、うううぁあああ~~~」

升「うっわ、おまえそんな泣き上戸だったか?」



仕方なく肩を貸して、店を出た。これから連れて帰るのも一苦労だ。

というかどうして俺は惚れたやつの失恋話を聞いて慰めてやらなきゃいけないんだろう。

誰にも言えないお人よしは俺だよ。


大きなため息をついて家路をたどる升秀夫。

彼の恋が表沙汰になるのは、もう少し先のことになる。

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