第7話
―――藤くんがこっちに来る。俺だけを見て歩いてきてくれる。
走らずに、でもしっかりとした足取りだ。
ガキみたいなまねをした俺を怒っている様子はない。
藤「おまたせ、チャマ」
直『ずいぶん自信満々じゃない。どうしたの?』
藤「だっておまえ…」
言いかけて、藤くんが口を閉じた。
そしてヒロを見る。
藤「よぅ」
増「うん」
藤「悪いけど、2人だけにしてもらえないか」
増「わかった。でもその前に一つ聞かせて」
藤「なに」
増「おまえ、チャマのことをどれぐらい好き?」
藤「音楽のためならチャマのことを泣かせても大丈夫。そう思えるぐらいには」
淀みなくそう言う彼に、ヒロが聞き間違いかというような顔をした。
そうだよね。普通の人間はこんなこと言わない。それはわかってるんだけど。
藤「俺にまともに出来ることっつったら音楽だけだ。その隣にいる以上、チャマも巻き込む」
増「……」
藤「泣かせてもほったらかしても、何回でもやり直す。チャマを手放す気はない」
増「勝手すぎるだろ」
藤「でもチャマはそんな俺がいいらしいよ」
増「どうして言い切れるんだよ。現にチャマは一昨日から俺んとこ来て…」
藤「なんつって?」
増「え?」
藤「おまえの家にただ転がり込んだのか?違うよな。こいつのことだから、最初に釘刺して予防線張っただろ」
聞きながら、俺はこらえきれずに笑ってしまった。いや合ってるんだけどさ。
ヒロも苦笑するしかないみたい。本当にどこから来るんだろうな、この自信は。
直『ヒロ、ごめん』
増「うん」
直『でも俺は間違いなくこの3日間、おまえといることを選んだ。それから』
藤「?」
直『あのことは藤くんには内緒ね』
増「あぁ」
藤「なっ…」
笑うヒロと、眉根を寄せる藤くん。
何のことだって問い詰めたいんでしょ。わかるよ、もう顔なんか見なくてもわかる。
けどこれは俺からのささやかな仕返しだ。
傲慢な天才のそばにいることを選ぶ俺の、つまらない意地。そして。
増「チャマはこれから幸せになるんだね?」
直『なるよ。もう大丈夫』
増「もしまた同じことがあったら、今度こそ絶対に逃がさないから」
直『うん』
増「やっぱり嫌だって言っても、絶対俺のものにする」
直『…うん。頼むわ』
ごめんヒロ。おまえの優しさに乗っかった挙句藤くんを選ぶ俺が、少しだけおまえのかわりに藤くんを懲らしめた。
絶対に一生言ってやらないもんね。
電話越しの声に欲情したのは、おまえが初めてだってこと。
藤「予防線は何言ったんだ?」
直『もうそんなこといいじゃん。帰ろう』
藤「え、これ乗らないのかよ」
直「そんなのいいよ。それより早く帰りたい」
藤「何だよ…」
腑に落ちない表情が面白くて、俺は藤くんに接近してささやく。
直『乗るなら藤くんに乗りたい』
上に乗って必死になる俺を、汗ばんだ笑みで突き上げてほしい。
早く俺を、気持ちよくさせて。
直『…帰るよ』
藤「ああ」
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