第四章

第6話

情交の直後に鳴り出した電話を置き去りにして、チャマが家を飛び出したのは3日前のこと。


行くあてがあるのかだけでも聞いておけば良かったかな。

でも、今のこの状況を考えるとチャマ自身の口から聞かなくて良かったとも思う。

だって、聞いたら、その場であいつを家に閉じ込めていたかもしれないから。







真昼の遊園地に来たのはいつぶりだろう。

ここに今日チャマが来ている。ヒロと一緒に。



藤「…あっちぃ」



チャマが遊園地に行きたがっていたのは知っていた。

普通の恋人っぽいじゃん、そう言って憧れるような目をしていたことも。


でも俺はそれが不満だった。

普通の恋人ってなんだよ。俺たちは普通じゃないって言いたいのか?

そんなことを言えばまた彼を悲しそうに怒らせてしまう。だから何も言えない。

ずっとその調子でやってきた、この半年。



でも、いつまでそれを続ける?


チャマが俺から離れていきそうで怖い。

離れていきそうになってからでは遅いかもしれないが、自覚しないよりはマシだろう。

何も言わないから変な深読みをしてすれ違うんだ。

一緒に暮らすことに甘えて、安心のつもりがいつの間にか慢心で相手と接していた俺。それが原因だと思う。


今日でいったんリセットしたい。できれば今までの俺の態度を謝って、あいつに笑ってほしい。

そう言うために来た。



藤「どこにいるんだかなぁ」



ヒロが今日遊園地に行くって言ってたぞ、そう教えてくれたのは秀ちゃんだ。

うろうろと歩き回りながら会話を反芻する。



――遊園地?

――ああ。チャマと一緒なんじゃないか。

――どうしてわかるよ。

――おまえだって、ヒロの気持ちに気づいてなかったわけないだろう?

――……

――たぶんヒロはわかってるんだよ。全部わかってて、本心ではあきらめてて、それでも少しだけ夢を見たかった。

――本気でチャマをさらう気はないのに…連れ出したのか?

――連れ出したのかどうかは、知らない。

――どういう意味だよ。

――チャマが自分でヒロについてった可能性もあるじゃん。



わかった風な口ききやがって。

そう思うそばから、でもきっと秀ちゃんの言うことが正解なんだろうなとも思う。

チャマが自分からヒロについていったら。

つまり、俺ではなくヒロを選んだら。



藤「こんな夢の国みたいな遊園地に、俺はわざわざ振られに来たのか?」



自嘲気味にそう呟いた時、長い行列の後ろに並ぶ2人の姿を見つけた。

何を話してるんだろう。笑ってる。いろんな表情を見せて、喋ってる。


あ。

チャマが気づいた。


ヒロの背後から近づく俺を認めて、それでも特別な動きは見せない。

まるで、ライオンを待つうさぎのような静けさだった。

それを見た時わかったんだ。チャマがどちらを選んだか。

いや―――



藤「お待たせ、チャマ」



ヒロが息をのんで、こっちを振り向く。

驚きの中に笑いが見えた。


あぁ、そうだ。これは二股でも何でもない。

そうだよな?由文。

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