第11話

直『……、』

藤「……。」



満ち足りた様子で俺に寄り添っていた由文だったが、その質問を聞いた途端に身体を強張らせた。



直『…してる』



くぐもった声でそれだけ言うと、ベッドの反対側に転がる。


やけに硬く感じられるシーツ。ベッドサイドに置かれたマグカップと同じぐらい、冷え切った白さ。


―――そのまま言葉を交わさず、夜が更けていった。






ふと目を覚ましたら、時計の針は午前3時過ぎを示していた。


ド派手な色が輝く歓楽街に慣れきった俺にとって、こんないかにもな静けさはかえって落ち着かない。

…違う。落ち着かないのは、隣に眠っていたはずのあいつがいないせいだ。



藤「由文?」



隣室へ続くドアを開けながら名前を呼んでみると、そこにはふわりと微笑む顔があった。



藤「…良かった」

直『え?なんで?』

藤「怒って、どこか行っちゃったかと思った」

直『あぁ…別に怒らないよ。…本当のことではあるけど』

藤「本当のこと言われると怒る客、多いし」

直『お客さんと比べないで』

藤「ごめん」



今度こそ地雷を踏んでしまった。

客と、というか女性と比べていいもんじゃないなんてことは、考えなくてもわかるはずなのに。



藤「ごめん…そんなつもりじゃ」

直『…ふふっ。別にいいよ、大丈夫だから。ねぇ、それよりお腹減らない?』

藤「え?あぁ」

直『じゃ、何か作るから一緒に食べよ。俺も朝からほとんど食べてないからさ』

藤「うん」



普段は夜の店で格好つけてる俺が、完全に翻弄されてる。

でも、いっぱいいっぱいで相手を想うこの気持ちは、正直ヤバイ。中毒性がある気がする。


No.1が聞いてあきれるよ…水商売でも所詮人間ってことか。

ひとたび恋を自覚したら、このザマだもんな。






キッチンに立つ背中をながめていたら、携帯電話が光った。

反射的に電源を切ってやろうかと考え、しかし思いとどまったのは、表示されたのが無視できないヤツの名前だったから。



藤「はい」

増「あれ?出たね。お客さんも店長も無視して、どこに消えちゃったかと思ったのに」

藤「…何の用だよ」

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