第7話

その真剣な表情を受けて、執事の微笑が本物の笑顔にかわった。



藤「ありがとうございます」

直『えっ?』

藤「そのお言葉が聞きたかったのです。強要ではなく、あなた様の自発的なご意志が」



その声は本当に心の底から発せられたと思える温かさで、ご主人さまだけでなく俺もほっとした。



増「…片付けさせて頂きますね」

直『あ…どうも』

増「今のお言葉、私もとても嬉しかったです。どうぞよろしくお願い致します」



手を動かしながらそう言ったら、満面の笑みが返ってきた。



直『俺こそ、よろしく!』



しかしその途端に入る教育的指導。



藤「ご主人さま、まずは基本からです。俺ではなく“私”と仰ってください。使用人に対して敬語は使わず、呼び方も藤原・増川・升で統一をお願い致します」

直『えっ、えぇえ!?』



またまた困り顔に逆戻り…とはいえ、今度はただ当惑して黙り込むだけではない。うーん、順応性の高いご主人さまで良かった。



直『升って、さっきのコックさん?』

増「はい。本職は園丁ですが」

直『よしわかった。藤原、増川、升ね!』

藤「それからお勉強の方も。教養と申し上げた方が適切かもしれませんが」



勉強と聞いて反射的に出てきた渋い表情を見て、俺はフォローを加える。



増「社交には、ある程度の知識が必要なのですよ。文学や歴史、芸術…家庭教師が要りますね」

直『あ、それなら増川さんがいい。本当に先生だったこともあるんでしょ?』



えっ!?な、なんでそんなことに。ていうか先生ったって、ほんのちょっと私塾で教えてただけだし…



増「…わずかな期間ですよ。それより“増川さん”と…?」

直『先生だもん、呼び捨てはおかしいよ』

増「それは決定でございますか?」

直『旦那さまの命令は絶対!』

増「…では、お勉強の時は“弘明”で結構ですよ」



苦笑しながらの妥協案だったが、彼はあっさりその先を行く。



直『OK、ヒロ!』



その瞬間、堪えきれなくなったと言わんばかりに執事が笑い声を立てた。



直『あっ、なに笑ってんの藤原!失礼だよ!』

藤「…申し訳ございません。しかし確かに増川は教師役として相応しいかと存じます。さすがご主人さま、人を見る目がおありですね」



お。初めてまともに褒められてるとこ見たな。

ご主人さまは何も言わず、頬を薄く染めて首をすくめただけだった。

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