=side直=

第8話

俺の一日は、日暮れとともに始まるのが常だった。

市場で売れ残りの安い花を買い、色鮮やかな衣をゆるく身につけて街頭に立つ。


最初は本当に花だけを売っていた。というか、幼い頃に親をなくしたせいで、それしか生きる方法がなかったのだ。


男性女性を問わず、身なりの良い人たちに声をかけ花を買ってもらっては、日銭を稼ぐ生活。

そんな日々が一変したのは、13歳の冬…ティーンエイジャーと呼ばれる年齢になった直後のことだった。



―――名前は?



寒さで花などほとんど無いその時期、俺たちは靴磨きや露店の番などもしていた。



―――30分後、目抜き通りの中央にある橙色の街灯の下で待っていなさい。



突然声をかけてきたその男は、一方的にそう告げて消えていった。

仲間に聞いてみたら、「あれはどっかのお屋敷の執事だ」と教えてくれたっけ。



「行くなら行けよ。法外な大金がもらえるって噂だぜ」

『へぇ?執事ってそんなに金持ってんの?』

「あの人本人じゃねーって。その屋敷の主人と一晩過ごせば…、ってことだよ」





それが。

すべての始まりだった。





それまで同性はおろか異性との関係も持ったことがなかった俺の身体を、その屋敷の主人はどういうわけか気に入った様子で。

それからも、定期的に“執事”が現れては、俺を“主人”の元へ連れて行った。


封筒に入った紙幣と、ベッドの上で与えられる飲食物、そして全身が沈み込んでしまいそうなほど柔らかな布団。

路上生活と紙一重の暮らしをしていた俺にとって、それらは抗いがたい魅力だった。


仲間の少年たちの間では、あっという間に「由文にパトロンが付いた」という噂が流れ、蔑みや憐れみの目で見られたり、逆に金目当てで媚を売られたりするようになった。

それがうざったくて、自然と同じような男娼仲間との付き合いが深くなった。



しかし、去年の春。

主人が急死した。



いつも来るはずの執事がどれほど待っても現れず、やがて流れてきた葬儀の知らせにより、俺は自分の資金源が失われたことを悟った。





一度でも身売りで大金を手にした者は、その味を忘れられないと言う。

それ以来特定のパトロンを持たないまま、深夜の街頭に立ち続けた俺。



「…名前は?」



―――いつかと同じような声をかけてきたのは、どういうわけかまた“執事”だった。

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