第七

 母皇が皓月に命を発してから半月。皓月のもとに宴の呼び出しがあった。

 皓月は、うんざりした様子を隠しもしなかった。


「どうぞ、皓月様」

「ありがとう、阿瀲あれん


 うなだれる皓月の前に、茶器が置かれる。浩に伴った阿涼の妹、阿瀲は姉とよく似た落ち着いた風貌に気遣うような表情を浮かべる。

 茶器からは湯気とともにしっとりとした香気が立ち上り、ふぅと息をつく。


 すでにこの半月、列国の王子達の度重なるに、皓月は心底疲れ果てていた。


 或る者は政庁に堂々乗り込んできては、自作の策論を延々と披瀝し、また或る者はひっきりなしに詩や文章を――果ては恐ろしい妄想の産物と思われるような、恋文ともつかぬ、半ば呪い文めいた代物まで――送りつけて来る者もあった。


 それは流石に気味が悪かったので、侍官に命じ、こっそり焼却した。


 また或る者は、自らの得意とする武藝を見せると称し、衛官と真剣で斬り結び始め――これらは至極まともな方である。


 ある日は突如、派手な装束を纏って現れ、“求愛の舞”なるものを踊りだす者も湧いて出た。

 身をくねらせ、背をしならせ――妙に艶めかしくあやしげなその動きは、巧みなのか否かもよくわからなかった。

 「鳥か」と内心呟いてから、否、それは鳥に迷惑――などと考え直したりもした。 

 なお、その王子はその後すぐ、妙に表情を険しくした夏穎かえいに「不適切です」と追い出された。


 また或いは、礼物贈り物に“陰陽和合散”――所謂媚薬を仕込んだものの、うっかり自ら口にしてしまった者もいた。無論、毒も薬も効かぬ皓月には全く意味を成さず、妙な態度を見咎めた夏穎に即刻、叩き出された。

 「……わざわざ南方より取り寄せた“無風獨揺草むふうどくようそう”を用いた秘伝の妙薬がっ……」などと悔しがっていたあたり、全くもって反省してはいないのだろう。


 妙に目をぎらつかせ、狂乱の空気すら醸し出している彼らの熱気は宛ら――彼らの明日を決める就職活動の様相を呈してもいた。否、実際そうなのかもしれなかった。


 中でも困ったのは、皓月の宮殿にいつの間にか建材を持ち込んできて、勝手に増築を始めてしまった猛者である。その彼の生国に産するという最高級の木材を大量に持ち込んできたことも問題だったが。その理由といえば。


――曰く、「この宮殿の立地上、こちらに橋を造りますと、開運招福、家内安泰、夫婦和合、子孫繁栄でございます! まさしく橋だけに」云々。


 邪気のない、きらきらとした笑顔で堂々のたまうので「なんだその『まっしぐら』って」と突っ込む気力さえ失せた。そもそも池に橋を架けるのならともかく、何もない場所に橋を造って一体どうしようというのか。


 そう問うた皓月に、件の王子は妙にもじもじして頬を赤らめ、「我が国では、橋を二人で渡ることで夫婦の縁が結ばれるのです……」などと、皓月よりも余程乙女心満載な理由を述べ、増築を認めるよう迫ってきた。


 白虎の守護を持つ颱の皇族は結婚しないことを知らない訳では……ないはずなのだが。

 

 彼が見せてきた、やたら精緻な設計図を見るに、放っておけば伝統ある琥珀宮の原型が消えかねないほどだった。技術、それ自体は目を瞠るものがあったのだが。


 無論、即刻やめさせた。

 すでに運び込まれた建材もすべて送り返そうとした。ところがその王子、積まれた建材の前で、決して小さくもない図体を揺らしながらぴーぴー泣き始め、あまつさえ「これは颱国の我が国の文化に対する侮辱行為です!」などと喚き散らしたのである。


 事態を聞きつけた、彼の国の者が顔面蒼白ですっ飛んできた。


「誠にもって申し訳ございませんっ……! 当国の王子はバ……頭の――風通しの宜しすぎるお方でございまして! 大変ご迷惑をお掛けしましたっ! 平に! 平にっ! 御容赦くださいいいいいいっ!」


 と、悲愴感漂う様子で謝り倒したかと思えば、そのまま件の王子を建材ごと引きずり去っていった。


 結局、その王子が琥珀宮に残した爪痕の修復には、少なからぬ出費を要する羽目となった。


 妙にぐったりした皓月に、一連の様子を見ていた太子中庶子の一人、子曄しようは、その王子を“橋王子”などと名付け、腹をよじって大笑いしていた。完全に他人事である。


 列国の王子達とはこれまでにもそれなりに顔を合わせてはきた。だが、ここまで訳の分からない人たちばかりだったろうか。皓月も、麟趾閣に集う者達の人選について、真剣に悩み始めた程だ。


 その他、自国の貴重な玉だとか。宝飾品だとか。使い切れぬ程の文房四宝だとか、中には「持ち主の願いを叶える」などという、いかにも眉唾物の香炉もあった。だが、本当に願いが叶うのというのなら、この状況も、とっくに終わっているだろう。

 或いは良質の絹。各地の珍味や妙薬。橋王子の国からお詫びに、と再び贈られてきた建材(正直、扱いにとてつもなく困る)――ありとあらゆる礼物が、皓月の宮殿に毎日積み上げられ、身の置き所にすら困るほどであった。


 その上、深夜に寝宮に忍び込んでくる不届き者は、一人や二人ではきかない。そういった者たちをつまみ上げては追い出し、つまみ出しては投げ捨て――もはや流れ作業である。お陰で慢性的に寝不足気味だった。


――なお、先の“求愛の舞王子”と“媚薬で自滅王子”は、“淫志漂蕩歩く猥褻物”其之一、其之二として、侍官達の“琥珀宮出禁名簿”に名を連ねた。

 これは、「この行猥の徒変質者どもを我らが主君皓月の目に触れさせてはならぬ」と確信した侍官達が、密かに下した措置である。

 それはある意味、大人が純粋な子どもに「見ちゃいけません!」と目を塞ぐ時の心境にも似ていた。

 夜ごと皓月の閨中に忍び込んでは叩き出される不届き者の名もそこに加えられ、出禁名簿は日を追うごとにその厚みを増していた。

 だが、そうしたことは、皓月のあずかり知らぬことである。


 皓月の住まう琥珀宮は比較的開放的な作りだが、流石に斯くも大胆不敵な侵入者を見逃すほど、本来の警備は甘くない。


 つまりこれは――母皇の思惑を受けて、ということだろう。


 要するに、「どの男とでもいいから早く子を成せ」という、 母皇からの、実に分かりやすい――そして、どこまでも腹立たしい圧力である。


 何より腹立たしいのは、そのせいで、皓月の抱える政務が一向に進まぬということだ。


 旣魄ではないが、いっそもう杜門謝絶し引きこもりたい……などと思ってから、どこまで未練たらしいのだと、己の思考になお、落ち込んだ。

 

 そんな中で届いたのが、此度の宴の呼び出しだったのである。


 装束を指定の上、その準備のためにと皓月の宮の侍官達すら退け、母皇の月光宮からわざわざ人員が差し向けられてきた。

 こんなことは未だ嘗てない。こんな直前まで予定を教えてこなかったこともだ。


 適当に言い訳をして参加を断らせない為であろうが……。


 御璽の印泥も仰々しい、母の高笑いまでも幻聴で聞こえてきそうな親書を見下ろし、皓月は長い長いため息を吐いた。


 母皇が渡してきた装束は、桂花の精緻な刺繍も、優美な襞を描く意匠も、美しくはあったが――何の為に自分がそこへ参加させられるのかを考えれば、暗澹たる思いだった。それも、重厚な浩の装束に慣れたせいであろうか。腕はまだしも、胸元にせよ、足元にせよ、――やたら露出が多いような気がする。否、以前からこんなものだったか。


 そもそも、皓月は妹を失ったばかりだ。それは、母皇からすれば、とりもなおさず我が子を失ったということでもある。浩は未だその死を明らかにしていないから、こちら側で喪に服すことなどできはしないのだが。


 それでも。


 母皇にとっては、血を分けた実の娘の死すらも、ただの政治的事情に過ぎないのだろうか。


 思えば、何とも名状しがたい思いに、揺れる。

 不思議と、玄冥山から戻ってから、以前よりも感情の抑制が効かない。それは身の内に暴れ狂う蛇のようで、皓月を戸惑わせた。


「さあ、参りましょう。ご案内致します」


 「皓月様を飾るのはわたくし達の仕事生きがいなのに!!」と、いきり立つ琥珀宮の侍官達を宥め、月光宮の侍官達に身形を整えられ、四方を彼女達に囲まれて宴の席へと引っ立てられ――この時の皓月の心持ちは、さながら他者の都合で交配させられる家畜だった。自然、俯きがちになる。


 その頬に、月光が射す。


 長い銀の睫毛が繊細に影を落とすもの憂げな眼差しは幾重にも異なる輝きと奥行きを見せ、行き交う人の目を惹き付ける。それは、これまでの皓月にはなかった――もの想うが故の苦悩と哀愁に染められた眼差しで。本人も与り知らぬうちに、そこはかとない色香となって、まさに見る者を惑わさんばかりの艶を含んですらいた。


 宴の催されている弦月殿に近づけば、艶やかな琴の音色が響いてきていた。ここは、池に面した舞台が設けられた宴用の建物だ。


 入り口付近に控えた衛官が扉を開き、侍官が皇太子の入殿を高らかに告げる。無数の燈が揺らめき、この時期というのに、蒸すほどの熱ささえ覚える。皓月は、己に注がれる無数の目を感じ、その進む足が鈍る。


 反射的に、この場から逃げ出したいような気がしたが、相も変わらず皓月は侍官達に取り囲まれている。


 颱の女帝の侍官である。

 全員が全員、一級の武藝の腕前を持つ者達でもある。皓月を包囲するのにもさりげないようでいて、全く隙が無い。傷を負わせずに彼女達を振り払うのは無理だ。が、母が差し向けた侍官に傷を負わせれば、母の意に背いたことと同義である。


 左右に配された臣下達の列を抜け、更に奧へ進めば、その国の大小に応じて配された、属国の王子達がそれぞれに座についている。おそらく、母皇にとっては、この宴で皓月の近くに配した者達こそが真打ちであろう。


「おお、皇太子。遅かったではないか」

「誠に申し訳ございません。――事前に教えていただけておりましたら、万端の準備をしたのですが」


 上座に座した母皇が艶麗に微笑む。絶対的な強者の笑みを。対する皓月も微笑で応じた。


 静かに金緑の瞳同士が交錯する。


 視線。

 自分達に注がれるそれが、肌をこれほどまでに重く突き刺すものだと、かつての自分は知らなかった。今、それら無数の視線のひとつひとつが、己の肌を撫でていくようにも思われて、寒気がする。


 値踏みするような目。恐れと敬意、それらがない交ぜとなった目。好奇。羨望。思惑。或いは、何らかの――欲を孕んだ目。それらが幾重にも重なり合い、まるで蜘蛛が獲物を絡め取る糸のように、皓月の全身に瞳に向けられていた。


――思えば、これまでの己というのは、ある意味であったのかもしれなかった。

 今、それを解しうるようになったのは、成長か。或いは後退だろうか。


「それは済まなんだ。ともかく――はじめようではないか」


 音もなく皓月は己の為に用意された座に着いた。


「――月神の御慈悲のもと、白虎の加護を賜りし錦秋尽き、一年の実りを収めた。今宵、豊穣を天地神明に謝し、蒼生たみの安寧と、国家の更なる隆昌を祈念す。ここに列国の賓をむかえ、交誼の長久なるを期し――盃を掲げ、此の佳節を共に言祝ことほがん」


 朗々たる颱帝の口上のあと、初めの酒杯を空け、一段落したところで楽の音が変わる。


 本来ならばここで、身分の高い者から順に母皇に、そして傍らに座す皓月へと挨拶の列が並ぶのが常であったが、「では」と母皇はあっさり席を立ってしまった。


 明確に、これが何の為の宴かを突きつけられた気分で、皓月はひっそりと袖の中で拳を握りしめた。



――――――――――――

お読みいただき、ありがとうございます。


母皇の命とはいえ、的外れな求愛合戦に辟易な皓月。

色々アレな王子の見本市みたいでしたが。


八王子ならぬ橋王子は、

柱にするか、橋にするか、

語呂で結局橋になりました。


この攻防の数々、旣魄が知ったら笑うのか。

それともぶち切れるのか……?


――それはともかく、果たして、皓月の堪忍袋の緒はどこまで保つのか!?


【補足】

陰陽和合散……名前からしても明らかな媚薬。中華系の架空・伝統世界観における媚薬としては定番かも?(多分)


無風獨揺草……李時珍『本草綱目』草十一「無風獨搖草」で紹介される、南方に産する草。五月五日に採取し、諸山野でもまれに見られる。その頭頂部は弾丸のようで、尾は鳥の尾羽のよう。二枚の葉が開閉し、人を見れば自ら揺れ動く。ゆえに“獨(独)揺”と称する。身に着けると夫婦が愛し合うとされる草。

“陰陽和合散”をまんま使うのも良いけど――ってことで少し+αしてみました。



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