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第10話

「手を止めてください」

チャイムが鳴ると同時に先生の声がかかり、一斉にシャーペンを置く音が教室に響く。

「回収するので後ろから前に送ってください」

待ちに待ったと言っても過言ではない期末テストが、この時間をもって全教科終了した。出来はどうかと聞かれれば、まぁまぁとしか言いようがない。

(でも、全体的に前回よりも上がった…かな)

大差はないかもしれないが、それでも前よりは点数が延びている気がする。

その中でも飛躍を遂げたのは、言うまでもなく数学だろう。

回収されていく数字の埋まった解答用紙を見る。

前は空欄も多かった用紙だったが、今回は違う。ちゃんと全部埋まった。もちろんまだまだ理解が追い付いてなくてわからない部分もあったが、テストに合わせて勉強を教えてくれた拓弥くんのお陰で、大分当てずっぽうの所もあるけれど出来た。

(テストが返ってくるのは1週間後か…)

それまでは自宅学習となっていて、早めの夏休みだと喜ぶ生徒たち。

中学校のテスト期間も微妙に被っていて拓弥くんは私のテストが終わりの今日から暫くは家に来ない。家庭教師はお休み。

とても残念で駄々を捏ねたい気分だったけど、精一杯我慢して聞き分けの良い子を演じた。

1週間で2回も拓弥くんに会っていたら、全く会えなくなるのがすごく辛い。

(ちょっと前までは全く会えてなかったのに、贅沢かな…)

テスト回収が終わって帰り支度を始める。

携帯に手を伸ばして、拓弥くんに数学の出来を知らせる文章を作成する。是非とも褒めてほしいと言う気持ちを存分に込める。


「鈴木さん、この後暇?」

「…まぁ用事はないけど…」

隣の堤くんから話しかけられ、指を止める。何の予定もなくて暇だけど、素直に頷けない気持ちがいる。

「もし良かったらみんなでカラオケに行こうと思ってるんだけど、一緒に行かない?」

「…思い出したわ今日は用事があるの」

なんだか面倒そうで、早口で断りを入れる。

「まぁまぁそう言わずに、絶対楽しませるから、ね?」

放課後何度も一緒に行動していたからか、何だか堤くんから遠慮の文字が消えた気がする。

これから移動するためかまだクラスメートたちが多くいるなかで、彼らの会を否定するばかりでは気分を害させてしまうかもしれない。

(まぁ…少し参加してすぐに帰れば、いいか…)

あまりクラスに馴染めていない私が参加しても気まずい思いをさせるだけではないかとも思ったけど、このまま断り続けるよりは…と思い直す。

「わかったわ」

「え、参加してくれるの?」

「…堤くんが誘ったんじゃない」

反応を見るに本当に私が参加すると思っていなかったみたいで、断れば良かったと少し後悔する。

「あ、ありがとう鈴木さん!」

堤くんにどうしてお礼を言われなきゃいけないのかはわからないが、頷いておく。

支度を進めようと手に持っていた携帯を見ると、まだ未送信で作成中の拓弥くんに宛てたメールが表示されている。

そこに、クラスメートとカラオケに行く事になったと記して送る。

堤くんに話しかけられてから最初気になっていた周りの視線は、いつの時からか消えていた。


─────

───


カラオケに入って、一番端の席に腰を落ち着ける。

飛び入り参加だったためかただ珍しいからか、移動中からよく視線を向けられているような気がする。やっぱり少し気まずくて、指先をいじる。

「じゃあみんな、まずはテストお疲れさま!」

私の隣に座っていた堤くんがマイクを持ち、立ち上がる。

「えー、諸君にはこれから夏休みが待ち受けているわけだが、受験生らしく勉学に励み、」

「校長じゃないんだからさっさと始めろよー」

ピシッと立ってよくわからないことを言い出した堤くんに男子から合いの手が入る。

彼が言っているように、堤くんのその口調はなんだか校長先生に似ていて少し笑ってしまう。

みんなもそうみたいで、笑顔が伝播する。

「じゃあみんなコップを持って」

堤くんがそう言うとみんながそれぞれの飲み物を手に取るので、私も慌ててそれに倣う。

「お疲れさま!かんぱーい!」

お互いに席の近い人同士でコップをぶつける音が聞こえる。そして私も堤くんにコップを差し出されて、コツンと音が鳴るようにぶつけた。

(みんな慣れてるなぁ…)

麦茶を少し口に含みながら、広いカラオケボックスを見渡す。

毎日授業が終わったら長居をせずに教室を出ていたから知らなかったが、堤くんの挨拶の流れもそうだったし、きっとみんなで何度もこう言った会が催されていたのだろうと推測できる。まるで私はここにいないみたいに、他人事のように感じる。

(…別に寂しいとは思わないけど)

やっぱり少し疎外感を感じる。

まず誰から歌うー、とリモコンを掲げる男子もいれば、テストどうだった、と感想を言い合う女子もいる。

それぞれが好きなように過ごすこの空間で、私はどうしたら良いかわからずにコッブを握りしめる。

こんなことならさっさと帰って拓弥くんの中学校に突撃すればよかった。きっと卒業生だと言えばすんなり入れてもらえるだろうし。

(いっそのこと具合が悪くなったとでも言って帰ろうかな…)

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