第8話

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梅雨特有のじめじめした空気が広がってしばらくたった。そろそろ梅雨明け宣言が出されてもいいのではないかと思うが、ニュースではまだしばらくは雨が続くと言う。

(湿気で髪がうねるんだよなぁ…)

教室で、今日も湿度と戦うツインテールの端を指でくるくると遊ばせる。

きっと多くの女子が持っている悩みだろう。髪の毛のお手入れは大好きで、お風呂上がりにじっくり時間をかけてツヤツヤサラサラを維持していたが、この時期はその時間が倍になる。おまけに朝も、いつもより支度に時間がかかってしまう。

違う髪型も試してみようかと思ったが、いつも付けている2つのオレンジのシュシュがお気に入りなのでなかなか新しい髪型を開拓できない。

(今は髪の毛なんて気にしている時間はないけど…)

やっと、やっと授業の内容が少し理解できるようになってきた。

今までは先生が何を言っているか全くわからなかったが、きっと拓弥くんと基礎を勉強してきたお陰だ。

少しずつ分かるようになってきて、勉強が楽しくなってきた。拓弥くんもいい調子だと誉めてくれているし、この波に乗らないでいつ乗るのか。

今がきっと、もっと勉強をする時期なのだ。

今まではまぁまぁの進み具合だった拓弥くんが来ない日の勉強も、捗っている。

これはきっと、期末テストに期待できる。そう思うと、パパもママも、拓弥くんも喜ばせることができるだろうと今から嬉しくなる。

だけど、勉強に集中した後、急に拓弥くんが恋しくなって仕方がなくなる。

今が休み時間なのを良いことに、机に突っ伏す。

(拓弥くんに会えるのは…明日か…)

あと1日もあるなんて…。

今日が月曜日だから、もう4日間も会えていない。辛い。

(早く拓弥くんの小テストを正解して、誉められたい…)

拓弥くんはどんなに基礎的な問題でも、正答を出せたら必ず誉めてくれる。

きっと私はそれに依存しているし、拓弥くんもきっと分かっててやってる。

(罪な男だ…)

「鈴木さん…」

「…ん?」

堤くん何、と声には出さず、顔を上げる。

「今日、もしよかったら放課後、この前言ってた所行かない?」

「あー…」

堤くんとは連絡先を交換してから、よくやり取りをしている。勉強をしている合間の程よいタイミングで受信するメッセージについつい返事をして、またいいタイミングで返ってくる。

そんな一連のなかで、この前勉強におすすめなカフェがあるという話になり、堤くんが今度案内をしてくれるという流れになった。

「いいよ、今日行こうか」

雨だしなぁ…と窓の外をチラリと見たが、拓弥くんに会えなくて寂しい気持ちを紛らすことができるかもしれないと思った。

「良かった!」

堤くんがそう笑うと、タイミングよく鳴るチャイム。

「じゃああと1時間、頑張ろっか」

「そうだね」

奇しくも今日最後の授業は数学。

理解できるようになってきて楽しい時間に変わりつつある授業だ。


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「鈴木さん、最近数学得意になってきた?」

傘をさして並んで歩く道。しとしと雨の中隣の堤くんに問いかけられて、顔を上げる。

「あー…まぁ、前よりは…まだ得意ってほどではないけど…」

苦手意識はなくなってきたよ。

「それは良かった」

あ、あの道曲がるよ。

堤くんの指差す所で左折すると、目的地が目に入る。

「迷わずこれて良かったよ」

「思ったよりも学校から近いのね」

もうちょっと歩くかと思ってたけど、なかなかいい場所にある。

お店の中に入ると学生服を着た人がまばらにはいるが、席はまだまだ空いている。

「鈴木さん何にする?」

「あ…えーっと…」

店内に向けていた顔を堤くんと堤くんの前に広がるメニューに向ける。

「…アイスティーにしようかな」

「わかった。シロップとかはいる?」

「あ、ううん、いらない」

「うん、わかった」

僕注文してくるから、席取っておいてもらってもいい?

「あ、うん、わかった。…お願いします」

お財布から500円を取り出して堤くんに渡し、店内に足を向ける。

ちょうど500円があって良かった。100円玉が5枚になってしまったけどまぁいいだろう。

(どこがいいかなぁ…)

雨だけど、窓際だと紫陽花がよく見える。

(…ここでいいか)

窓際の端の席に荷物を置く。

外を眺めると私達が歩いていた時よりも止んできている雨に紫陽花が濡れていて綺麗。

「おまたせー」

「あ、ううん、ありがとう」

トレーを持って来た堤くんに、頬杖をついていた腕を引っ込める。

「はい、アイスティー」

「ありがとう」

ストローも差し出されて受け取る。

「鈴木さんお腹空いてる?」

堤くんが椅子に座りながら問いかけてくる。

「実はここのスコーンが美味しくてね、是非食べてほしくて」

トレーに乗っているアイスコーヒーを自分のもとに置き、テーブルの中央に置かれた2つのスコーンからはいい匂いが漂う。

「ありがとう!小腹が空いてた頃だったの」

美味しそうな香りが漂っており、先程から少しお腹が空いてきた。

「いくら?」

鞄から財布を探していると、掌を出した堤くんに制止される。

「今日付き合ってくれたお礼だから!」

「え、でも…」

「じゃ、じゃあ、今度一緒に来たときは鈴木さんが奢ってよ!」

「…まぁ…それなら…」

せっかく買ってくれたのだし無下にするのも…と思い、手をテーブルに戻す。

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