3/2 相談


 △△クリーニング店のドアをくぐると、カウンターの向こうで新聞を読んでいたケ゜トーガャニ゛さんが、こちらに顔を向けて、「ああ」と笑いかけた。


「いらっしゃい、あける君。今日は何か預けるのかい?」

「はい。スーツをお願いしたいです」


 僕は、ハンガーに掛かった、上下のスーツセットをカウンターに載せた。昨日の卒業パーティーで着たものだ。

 「ちょっと借りるね」と言って、スーツのポケットや襟の裏を確認するケ゜トーガャニ゛さんの腕は、僕らと違ってオレンジ色で、少しだけ鱗が生えている。彼は、地球から遠いヒーニニア星からやってきた異星人だった。


「……うん。ポケットの中も空っぽで、特に目立つシミもないね。通常コースでいいかい?」

「はい。お願いします」


 このクリーニング店では、ヒーニニア星の技術を使って、一時間もかけずに全部の工程を完了させることが出来る。その分、高くなっちゃうので、特に急いでいない今回は、普通のコースを使うことにした。

 クリーニング屋への僕の用事はこれで終わったのだけど、ケ゜トーガャニ゛さんへ、個人的な用事が他にあった。「今、お時間大丈夫ですか?」と尋ねると、ケ゜トーガャニ゛さんはにこやかに、「平気だよ」と答えたので、僕は持っていた鞄の中から、スケッチブックを取り出した。


「実は、今、自分でウォークくんを直そうとしていまして、こんなふうに、中身を分かる限り、設計図にしてみたんです」

「ほおー、よく描けているね」


 自分よりもすごい技術を持っているケ゜トーガャニ゛さんに褒められると、なんだかこそばゆい。頬を赤くしながら、「一応、工学部志望ですから」と頷いて、本題を切り出した。


「ウォークくんの中身は、思った以上にシンプルで、歯車を使った古い時計と似た機構でした。ただ、どこを見ても、父や祖父に訊いてみても、動力源が分からなくて……」

「うーん。ちょっと借りていいかい?」

「はい」


 スケッチブックを手にしたケ゜トーガャニ゛さんは、真剣な表情で一ページごと、じっくりと眺めていく。自分の星の技術力で、地球の機械も改造できるケ゜トーガャニ゛さんなら、何か分かるかもしれないと期待しながら、僕はその様子を眺めていた。

 しかし、ケ゜トーガャニ゛さんは、最後のページまで読んで、困ったように首を振った。


「ごめんね、僕にも動力源が分からないよ」

「そうですか……」

「でも、一つ気になった箇所があってね……」

「どこでしょうか?」


 ぺらぺらと、スケッチブックのページを戻すケ゜トーガャニ゛さんは、ウォークくんのおなか部分の内蓋を書いたページで、手を止めた。


「ここ、途切れ途切れだけど、何か書かれているね? ラテン語っぽいけれど、誰が何と書いたのか、知っているかい?」

「いえ。多分、製作者のサインだと思っていました」

「文字の下、うっすらと円が描かれているでしょ? 多分、魔方陣だね」

「えっ、そうなんですか⁉」


 ウォークくんには魔法が使われていた。十八年間、毎日見ていたのに初めて知る事実に、僕は衝撃を受けた。目を瞬かせる僕を、ケ゜トーガャニ゛さんは真剣な顔で見つめ返して、大きく頷く。


「魔法に関しては、僕は専門外だから、もっと詳しい人に聞いてみるといいよ」

「はい。オサリバンさんにも聞いてみます」


 僕は、商店街で雑貨屋を営んでいるお爺さんのことを思い出した。ただ、ここ最近のオサリバンさんは、別のことで忙しいのか、故郷のイギリスと行ったり来たりしているようで、最近の雑貨屋のイモルグは閉まっていることが多い。

 オサリバンさん、いつだったら空いているだろうかと考えていると、僕の真後ろのドアが開いて、「「ただいまー」」というユニゾンの声が聞こえた。


 振り返ると、ケ゜トーガャニ゛さんの二人の子供がドアをくぐっていた。十六歳の娘のキュルリャと八歳の息子のサウぺスだ。二人とも、僕を見て、あれ? という顔をしている。


「明さん、こんにちは。今日は服を預けに来たんですか?」

「うん。キュルリャは、今日、早いね」

「昨日が卒業式でしたからね、今日は大掃除だけだったんですよ」


 高校のジャージ姿でそう話すキュルリャの隣を、風のようにサウぺスは通り過ぎて、店の二階に続く階段を上っていく。その時に、彼が誰かに話しかけている声が聞こえてきた。


「お母さんただいまー! おやつ何ー!」

「お帰り。おやつの前に、手を洗い、うがいをしてきなさい」

「はーい」


 サウぺスとお母さんのやり取りが聞こえてきて、僕も微笑ましい気持ちになった。一方、キュルリャは苦笑している。


「もうすぐ高学年っていうのに、まだまだ甘えんぼうで困りますよ」

「いやいや、親としては、甘えてもらえるうちに甘えてもらえるのが嬉しいよ」


 ケ゜トーガャニ゛さんさんは、娘の言葉に、なんだか楽しそうに反論する。表情ではよく分からないけれど、声では感無量だと言っているようだ。

 二人の子供たちが留学するために、わざわざ地球まで来てくれたこの家族には、僕では計り知れない苦労があるかもしれない。


「ケ゜トーガャニ゛さん、僕は戻りますね。相談に乗ってくれて、ありがとうございました」

「いやいや、あまり役に立てずにごめんね。またなんかあったら、聞きに来てよ」

「はい。失礼します」


 手を振るケ゜トーガャニ゛さんと話が分からずに不思議そうな顔をしているキュルリャに頭を下げて、僕はスケッチブックを持ってクリーニング店を出た。

 ウォークくんを直せるまで、前途多難だけど、道筋が見えてきた。僕は、午後の陽光に照らされた商店街を、胸を張って歩いた。



















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