scene 10 スリーマンセル

今日の鍛錬授業で、私は鬼原きはら君と再度手合わせするため、周りを見渡していた。



けれど、いくら探しても彼の姿は見当たらず、私はテキトーな相手を鍛錬に誘い、力を磨いていた。



そう……今日は至って普通の鍛錬授業。私は先ほどまで、そう感じていた。



けれど、突如として放送から流れた女性の声に、この場にいる全員は倒れ込んでしまっていた。



「一体……何が起こっているの……?」



そう思ったのも束の間、女性が独り言を呟いた瞬間、運動場の中央には、見たこともない魔法陣が形成された。



そして……そこから現れたものと言えば、全身がグレーに変色しており、額に2本の角を生やした、まさに化け物と呼べる存在であった。



「ったく……話には聞いていたが、とてつもなく変な気分だな」



頭を強く掻きながら、化け物は周囲の状況を確認している。



ひと通り確認を済ませたところで、化け物は私を視界に捉え、ニヤリと笑ってみせた。



「あぁ? 効いてねぇやつもいるじゃねぇか?」


「っ!?」



殺意のこもった言動に、私は大袈裟に距離を取って、弓を化け物に構えた。



「ほぉ……俺とやろうってか?」


「そ、そうでもしないと、ここにいる皆を守れないからね」


「察しがいいなぁ」



ニヤリと笑って見せる化け物を見て、私は恐怖で思うように体を動かせないでいた。



「……あぁ? よく見たらその弓……お前、小柴こしば 瑞稀みずきじゃねぇか?」


「ど、どうして私の名前を……」


「そうかそうかぁ! 本命の前に、まさかお前と出会うとはなぁ!」



高らかに笑って見せる化け物の姿。全身から滲み出る黒いオーラ。そして、私のことを知っているという事実が、この場に縛り付ける



「肩慣らしと行こうか……この力を人間に使うのは、初めてだからなぁ!」


「っ!?」



勢いよく駆け出した化け物は、1秒も掛からずに、私の目の前に立ち塞がった。



「あぁ? 恐怖で体が動けねぇってかぁ?」


「…………」


「まあいい。とっとと終わらせて、アイツの元に向かうとするか」



化け物は全ての力を右拳に集中させ、それを私の顔面に目掛けて振り下ろす。



自分の死を覚悟したその時だけは、拳の軌道がハッキリと見える。



だからと言って、今更どうこうすることなんて、今の私にはできるはずもなかった……



……


……


……


……


……


……


……


……


……


……


……"ガキッ!"



運動場に響き渡る鈍い音。それすなわち、私の顔面がひしゃげた音。



だが、それを確信づけるには、少しばかり早いと言うものであった。



「な、何とか、間に合ったみたいね……」



振り下ろされたと思った拳は、拳鍔けんつばを付けた、金髪ロングヘアーの少女によって、見事に防がれていた。



「あ、アナタは……」


「そういう展開は後にしてちょうだい。今はっ!」



防いだ少女であったが、私の方を振り返った瞬間、両足が地面にめり込んでしまっていた。



「テメェの顔……俺は知ってるぞぉ?」


「あら、私はアンタの顔なんて、知らないけど」


「俺の邪魔をしたんだ……覚悟はできてんだろうなぁ?」


「覚悟も何も……そんなこと、生まれた時からできているわよ」



力を強めた化け物ではあるが、少女のことを圧せられずにいた。



「力勝負で私に勝とうなんて、100年早いわよ?」


「……ちっ、めんどくせぇ」



押し切れないと判断した化け物は、1度距離をとって、体勢を立て直す。



「大丈夫だった?」


「う、うん、ありがとう……それよりもアナタは?」


「あれくらい、大したことないわよ」



私の恐怖を取り除くかのように、彼女は優しく微笑んでみせる。



「……アンタ、今は動けるの?」


「えっ?」


「多分だけど……私はアレと戦えても、決定打まではいかない……だから、アンタの力を借りたいの」



彼女は化け物を視認しつつ、私に助けを求める。



「無理しなくていいわ……間違えば、死ぬ可能性だって———」


「いえ。何もできずに死ぬのなら、何かをして死んだほうがマシよ」


「うふふ……私、アンタのこと気に入ったわ」



彼女は深く息を吐きながら、両拳を構えて、戦闘態勢に入る。



「おうおう。話し合いは終わったみたいだなぁ?」


「待たせちゃったかしら?」


「いいや。それより、寝たフリをしているテメェは、加勢しなくていいのかぁ?」



化け物は僅かに視線を下ろし、薄紫色の髪をした少女を見つめる。



先ほどの放送で眠っている様子であったが、よく見てみると、微かに指が動いているのが分かる。



「おや……奇襲をかけるつもりだったが、見破られていたのか」


「当たりめぇだろ? 俺は今、最高に調子がいいんだからなぁ」



奇襲を見破られた今、少女は化け物から距離を離れ、私たちの隣に控える。



「2人とも。先ほどは何もせずにすまなかった」


「平気よ。アナタもアナタで、何とかしようとしていたみたいだし」


「けど、アンタにも私たちと一緒に戦って貰うわよ?」


「無論だ」



少女は腰から扇子を取り出し広げると、8個目の折り目に書かれている文字を、親指でなぞった。



「私の名は神庇護かみひご 莉亜りあだ。初めましてだが、よろしく頼む」


「私は小柴こしば 瑞稀みずきよ。こちらこそよろしくね」



互いに自己紹介を終えたところで、私たちは金髪ロングヘアーの少女へ視線をずらした。



「……天宮あまみや 鈴里すずりよ」


「天宮 鈴里……ということは」


「詳しい話は後。それよりも……」



天宮さんの言葉に釣られ、私たちも正面を向く。



「もういいかぁ? 退屈すぎで眠くなってきたわぁ」


「そのまま眠ってくれたら、私たちが優しく殺してあげるのに」


「アホか。楽しみが目の前にあんのに、誰が殺されるかって話だ」



化け物は準備体操をしながら、凄まじい殺気をぶつけてくる。



またしても恐怖で体が震えてしまうが、やると決めた以上、そんなことも言ってられなかった。



「……お互い、死なないようにしましょう」


「え、ええ」


「承知した」



私たちに緊張が走るなか、戦いの火蓋は、切って落とされるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る