scene 11 知ることもない素性
「やはり……既にもぬけの殻か……」
いないと分かりながらも、俺は1度、放送室へと足を運んでいた。
微かに人がいた匂いはするものの、手当たり次第探してみたが、その姿を見つけることはできなかった。
「となると……次に向かうべきは、あそこだな」
魔神のなり損ないを薙ぎ倒しながらの道中。運動場の方から、何やら巨大な気配を感じていた。
今まで倒してきたものとは別格。おそらくだが、完全なる魔神がそこにはいるのだろう。
他にも、弱々しい気配をちらほらと感じる。誰かが巨大な気配と戦って、負傷しているみたいだ。
「早く向かった方がよさそうだな……」
幸いなことに、放送室から運動場までは、そこまで距離は離れていない。
そうと決まれば……俺は一目散に運動場を目指して走り始めた。
久しぶりの全速力だが、意外にも、体は思うように動いてくれる。
だからこそ、僅か数秒足らずで、目的の運動場まで着いてしまった。
「さてと……さっさと終わらせるか」
俺が運動場の扉に手を触れたところで、背後に何者かの気配を感じ取った。
一瞬、敵なのかとも思ったが、それは俺にとっては、信頼たらしめる人物のものであった。
「何か用か?」
「ククク……中に入る前に、これを渡しておこうと思ってな」
可愛らしい少女の声が聞こえると、頭上付近に黒いゲートが現れ、そこから、密かに微笑む鬼の面が床に落ちた。
「倒れているみたいだが、面が割れるのは不都合だろ?」
「てことは、まだ息があるってことだな?」
「そう言っておるのが、聞こえなかったか?」
「相変わらず、舐め腐った口だな」
「それが我らの関係というものだろうに」
「違いない」
中身のない会話をしながら、俺は床に落ちている鬼の面を拾いあげる。
「こんな時になんだが、始業式と言い、お前には世話になっているな」
「ククク……我は人と人形を交換したにすぎない。礼なら、
「言えないから、お前に言ってんだろ」
「分かっておる……だからそう怒るでない、我が主人様よ」
「ったく……」
これ以上の会話は無駄だと判断し、俺は手に持っている鬼の面を、顔に取り付けた。
「アイツらの意向は?」
「当然……主犯格諸共、主人様の御意のままに」
「そうか」
勢力に加えようと意見が出るものだと思っていたが、意外にもアイツらは、俺たち以外の悪には冷たいらしい。
「それではご存分に……主人様」
「ああ。何かあったら報告しろ……
「仰せのままに」
この場から立ち去ったのを確認し、俺も俺で、目の前に広がる楽しみに足を踏み入れた。
中に入って真っ先に目に入ったのは、3人の倒れている女生徒がいた。
そして……それらにトドメを刺そうとしていたのは、額に2本の角を生やし、体がグレーに変色をした、完全なる魔神であった。
全ての力を拳に集中させ、それを放つとも思われたが、直後に魔神は、俺の存在に気づいた。
「あぁ? まだ生き残りがいたのかぁ?」
ふと、魔神の後ろを見てみると、頭を潰された生徒たちの死体が、真っ赤な血で染まっていた。
「お前が殺ったのか?」
「俺以外、誰がやったに見えるんだよ」
「悪いな。生憎と目が悪くてだな」
「その気色悪い面をつけてるからだろ」
冷たく放たれた言葉と共に、魔神は一瞬にして、俺の目の前に立ちはだかる。
鼻を覆いたくなるほどの異臭。その間から覗き込む、気色の悪い汗の匂い。
元の人間は、ゴリラみたいなゴミだったのだろう。ルックスも相まって、魔神になって良かったのかもしれないな。
「おいテメェ……殺す前に聞きたいことがあんだけどよ」
「言ってみろ」
「
どういう訳か、魔神は俺のことを探しているようだ。
と言うことは、元のコイツは、俺に恨みがある人間……だが、思い当たる節が色々とあって、想像がつかない。
「ちなみに、ソイツと因縁でも———」
最後まで尋ねる前に、魔神は怒りを晴らすかのように、地面を叩き割った。
「アイツのせいで、俺はコケにされたんだよ。平民に負けた、口だけの貴族ってな」
「ああ……なるほど」
魔神の言葉に、俺は1人の顔が頭に浮かんだ。そしてそれは、魔神の正体でもある人物に違いない。
「お前……
「あぁ? 俺が誰だろうと関係ないだろ?」
「それもそうだな」
「それよりだ……お前は鬼原を知ってんのかよ」
「今はいないよ……少なくともここに———」
質問に快く答えていると、前触れもなく俺は、魔神によって殴り飛ばされてしまう。
「俺が聞きてぇのは、そういことじゃねぇんだよ」
地響きを鳴らしながら、魔神は倒れている俺に、ゆっくりと詰め寄る。
「まあいいや。とっとと潰して、居場所を吐き出すだけだからなぁ!」
魔神は好戦的な様子で、またしても拳を振るう。
瓦礫の土煙で前が見えないからこそ、俺は防御に徹するより、あえて魔神から距離を取った。
向かった先は、反対方向にある、3人の女生徒が倒れている場所。戦闘の邪魔にならないよう、運び出すためである。
時間はあまりないが、念のために様子を確認すると、どれも見知った顔ばかり並んでいた。
「
金髪ロングヘアーの女生徒……気絶しているから分かりにくいが、この学園の理事長……
彼女は俺たちと同い年ながら、持ち前の身体能力で、王貴防衛軍の司令官を務めている。
「呆気なかったぜソイツら。3人で向かってきたのに、たった5分でこの様なんだからなぁ」
自慢げに語る魔神であるが、俺はその態度に、笑いを堪えるので必死だった。
「安心しろ。お前も潰した後で、まとめてトドメを刺してやるさ」
「それは楽しみだ……」
運び出そうにも、魔神はこの距離からでも攻撃を仕掛けてくる。
俺だけならまだしも、3人を運び出しながらとなると、少々面倒極まりないことである。
「なら、一撃で終わらせるしかないな」
「おいおい……誰を一撃で終わらせるって?」
「お前しかいないだろ……全てを捨てた、
その言葉が気に食わなかったのか、魔神は自らの力を誇示するように、全てを俺にぶつけてくる。
「上等だぜ……俺が先に、お前を一撃で殺してやるよ」
「その願い……叶うといいな」
勝敗は一瞬にして一撃……そんな面白くもない戦いが、幕を開けようとしていたのだった。
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